"異端児"オードリー・タンを苦しめた学校の呪縛 類まれな才能を持つ"ギフテッド"の苦悩

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筆者はオードリーに「この時、どうして『嘘つき!』と言ったのか、覚えていますか?」と聞いたことがある。彼女の答えは、実は母親の認識とは違うものだったのかもしれない。それはとても愛と哲学に溢れた答えだった。

「母は私に、『私のことが好きだから産んだ』と言いました。でも産む前には自分が私という子どもを産むことは知らなかったわけですよね。私は、生まれてからずっと身体が弱く、いつもすぐそばに死がありました。生まれた子どもの身体が弱くても、その子のことを好きになるのはわかります。でも、あえて身体が弱い子どもが生まれてくることを望んでいたわけがありませんよね? 選べるのなら、健康に生まれてきてくれることを選んだはずと思ったのです」

彼女のこの話を聞いて、幼いオードリーがそのように感じていたことに胸が痛む一方、幼少期に子どもが抱く疑問としてはごく自然なもののようにも思えた。そして、救われるような気持ちにもなった。李雅卿が伝え続けたという価値観が、オードリーの中から無くなってしまったわけではないことが、ここで明らかになったからだ。

「学校恐怖症」の爆発

とはいえオードリーの「学校恐怖症」は、小学3年生に上がる前の夏休み中、最後の登校日に爆発した。その数日前から彼は鬱々として指の爪を噛み始めた。登校日当日、彼は朝5時に起きたが、何度遅刻するよと促しても、結局8時頃までぐずぐずしていた。何度もトイレに行っては「今日はクラス決めの日だ。僕は、どの教師の手中に落ちるんだ?」と独り言を繰り返した。その日は結局クラス決めが無く、それからオードリーは毎夜悪夢にうなされるようになった。

休学の手続きをしてほしいとオードリーにせがまれ、李雅卿はギフテッドクラスの教師と話し合いの場を持ったりもした。李雅卿はすべての教師が体罰を与えるわけではないかもしれないし、もしかしたら自分の子が過度に敏感なのかもしれないと思っていたが、オードリーは「ママ、体罰は犯罪じゃないの? なぜうちの学校の先生たちは犯罪を犯すの?」と訊き、もし新しい教師が彼を叩こうとしたら逃げてもいいか、もし教師が追ってきたらどうすれば良いかなどと尋ねるのだった。

夏休みの宿題もオードリーを困らせた。「30枚の日記、8枚のスクラップ記事、テレビ番組『児童天地』の鑑賞報告」という、同じことを反復するだけの面白くない宿題を拒み、コンピューターを使って夏休み中の自己学習報告を作成した。

3年生の初日にクラス決めがあり、オードリーは帰宅するなり不機嫌な顔で「ママ、僕は終わりだ。またクラス長になった。クラスメイトは間違いを犯しても1回叩かれるだけなのに、先生はクラス長が間違いを犯したら2回叩くって言うんだ。僕クラス長になんかならなくていいよね?」と言う。そして翌日から学校に行きたがらなくなった。

李雅卿は教室のドアのところまでオードリーを送って行くと、新しい担任教師に事情を話した。その時は少しほっとしたような表情のオードリーだったが、帰宅すると「先生は叩かなくなったけど、僕はクラスの『特権的存在』になってしまった。罰として立たされることも、掃除させられることもないけれど、クラスメイト全員の名前を覚えなければならない。クラスのみんなは僕を恨んで、授業が終わると殴りに来るんだ。僕、辛いよ」と嘆いた。

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