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"異端児"オードリー・タンを苦しめた学校の呪縛 類まれな才能を持つ"ギフテッド"の苦悩

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オードリーはますます悪夢にうなされるようになった。寝る時間になると泣き出し、抱きしめ、なだめてやらないと眠りにつけなかった。朝も起きられなくなっていた。

『オードリー・タン 母の手記「成長戦争」 自分、そして世界との和解』(KADOKAWA)

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「学校からの要求で、宗漢に代わって学習報告を書いた。『11月1日、宗漢は再び学校へ行こうとしなくなった。午前中、起床してから咳をしていて、朝食を取らなかった。自分の生命が危険にさらされていると言う。教師に休みの電話をした後、自宅で本や新聞を読んで楽しく過ごした』

『2日午後、宗漢は起床してからぐずぐずして何度もトイレへ行き、7時40分になってやっと家を出た。食欲がないと言って丸1日食事を取っていない。家を出てからタクシーが捕まらないので絶対に遅刻すると言い、駅まであと300mという所で学校には行かず、家に帰ることを決めた。帰宅後はまた嬉しそうに新聞を見て過ごした』

『3日、宗漢は自分でクラスメイトとの付き合い問題を考えるから学校には行きたくないと言う。先生から登校しないかと電話があっても、先生とクラスメイトからの尋問を怖がり、やはり学校へ行けない』」

必要なのは、相対比較ではなく、絶対比較

オードリーさんと筆者(写真:筆者提供)

こうしたオードリーの実体験を読んで、人は「自分の小さい頃もこれくらいのことはあったな」と思ったりするかもしれない。李雅卿もそうだった。筆者自身も幼い頃にもっとひどいいじめを見てきたし、自分の息子がいじめられたこともある。だがここで学ぶべきは、相対比較をしてはならないということだろう。

子どもでも大人でも、大切なのは相対比較ではなく絶対比較ではないだろうか。オードリーが「生命が危険にさらされている」「これ以上は耐えられない」と感じていたのは、「本当のこと」なのだ。

その後、「世界と絶交」したオードリーさんを休学させた母親の李雅卿さんは、幼いオードリーさんの傷ついた心を癒やそうとします。ですがその時代の台湾で、義務教育における生徒の不登校は行政罰に相当しました。『成長戦争』には、「オードリーの休学は、家庭に投げ込まれた爆弾のようだった」と書かれています。
次回記事では、そんなオードリーさんを「絶望の淵」から救った人たちについてお届けます。

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