"異端児"オードリー・タンを苦しめた学校の呪縛 類まれな才能を持つ"ギフテッド"の苦悩

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オードリーは当時を振り返り、悲しげに笑う。

幼い日のオードリーさんと父(写真提供:唐光華/オードリー・タン)

「私が転校した後、このクラスメイトは本当に1位になったかもしれません。でもそれは、その子の学力が上がって1位になったわけではなく、1位がいなくなったから自分が1位になったというだけなんですよね」

「でもこれは、その子が悪いわけではありません。7、8歳の子どもが生まれながらにして自分から好んでクラスメイトをいじめたりするはずはないのです。これは構造の問題です。当時の教育は子どもたちを比較し、競争させるものでした。だから保護者たちも自分の子どもを他の子どもたちと比べる。最終的に最もその影響を受けるのは、子どもたちなのです。私は休学している間、この道理に気づきました」

そう言われた筆者は、ただ頷くことしかできなかった。小学2年生で、自分が日常的にひどいいじめに遭い、クラスメイトから「死ね」と言われた時に、こんな風に状況分析できるなんて。だが、傷を負ったオードリーの心はどうやって癒せばいいのだろうと頭が真っ白になった。

わが子を「叩いてくれ」という親たち

オードリーが身体の動きの特別鈍い自分自身を受け入れられなくなるのではないかと心配した李雅卿は、彼が一人ひとりの長所も短所も受け入れて、人と自分を比較したりすることのないように、「人にはそれぞれ長所がある」と教え続けていた。だからこそこう言われた時、返す言葉が見つからなかったという。

「ママ! ママは、人は互いに褒め合うようにと言ったよね。僕は人が縄跳びを100回跳べたら本当にすごいと思うし、走るのが速いクラスメイトのことを頑張れって応援しているよ。でも、どうして僕が算数が得意で、国語が速く書けると、皆は嬉しくないの? 怒るだけじゃなくて、僕のことを叩くの?」

この頃の保護者たちは体罰を許さないどころか、我が子を叩いてくれるよう保護者会で教師に願い出る者までいたという。「彼らは子どもを愛していないのではなく、叩くことでこそ子どもをしっかりしつけられると勘違いしていた」と李雅卿は回想している。

オードリーがなぜこんなにも体罰を恐れるのか、母である李雅卿にも分からなかったというが、彼は教師が生徒を叩き、生徒が生徒を叩くこの状況を心から恥じていた。教師との話し合いも成功せず、いたたまれなくなった李雅卿は、ギフテッドクラスに小さな図書館を作ってくれるよう嘆願し、自らその司書のボランティアを名乗り出て、生徒たちの仲を取り持つようサポートした。だが結果はひどいもので、子どもたちは「唐ママ」のことを好きになってくれても、唐宗漢を叩かないということにはならなかった。それどころか「家に遊びに行かせてくれなかったら、お前を叩くぞ!」とオードリーを脅かす子どもさえいた。

李雅卿はこのように書いている。

「一時期、息子はよく私に『どうしてパパとママは子どもを産んだの? どうして僕を産んだの?』と訊くようになった。私は『なぜって、私たちはあなたが好きだからよ。子どものことが好きなのよ』と答えた。でも彼は『嘘つき!』と言う。その時期、彼が一番よく発した言葉は『嘘つき!』だった。私がこの6〜7年間彼に伝え続けた、命を大事にし、人の良い部分に目を向けようという価値観は完全に崩れ、すべて無くなってしまったと思った」

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