鬼滅や呪術廻戦がツイートされまくる事の重み キャラクターと貨幣の類似性はどこにあるのか
交換自体の楽しさは、メルカリや、ポイントがたまるペイペイが普及したときに実感した人も多いのではないだろうか。特にほしい物でなくても購入してみる、友人との交換行為であればなおさら楽しい。ロックダウンで人との物理的接点がなかったために、デジタルな交換財を求めて2次元のキャラクターに殺到するという「社会的現象」となったのが、2020年の鬼滅であり、2021年の『呪術廻戦』と『ウマ娘』だったのではないだろうか。
『ドラえもん』『ガンダム』など歴史的作品は不人気だった
ではキャラクターが貨幣だと考えると、誰が「中央銀行」としてその発行量を規制し、コントロールするのだろうか。いや誰もコントロールなどできない。これはボトムアップでユーザーが勝手に交換を行う動きなのである。
作品を出す側も困惑し、いったいどうしてこんなにバズっているんだと惑うケースも少なくない。少なくないどころか『ドラえもん』『宇宙戦艦ヤマト』『ガンダム』など歴史的転換点となるような作品は、すべて供給側が人気がないと即断して途中でやめておきながら、ユーザーの熱量があまりに強いので再び上映・放送・配信したことが大ヒットにつながった、というケースである。
資本はつねに消費に追従してきたのであり、消費こそが作品を作ってきた。それが現在では「消費」から「参加」になっているという話だ。マンガ・アニメ・ゲームには特にこうした特徴が色濃く表れる。
かといって交換されることを待っていても何も始まらない。交換されることを促進するために、最初の火種を作り、人々がどこで交換を行っているかというメディア環境を時代ごとに乗り換え続けなければならない。
テレビからスマホというハードウェアの乗り換えもそうだし、フェイスブックからインスタグラム、TikTokといったソフトウェアの乗り換えも同様である。そして物語を提供し続けていくことで、いつしか主従が逆転し、ファンが作品を運んでくれるようになる。コミュニケーションを最大限に活性化し、貨幣の交換(キャラクター認知)が最大化できる状態を担保するために、飽きられないように作品を提供し続けるのである。
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