アウシュヴィッツ生還者が見た非道な人々の仕業

「モラルは失ったが最後、取りもどす薬はない」

アウシュヴィッツ強制収容所ではナチスによる残虐非道な行為が繰り返されていた(写真:boule/PIXTA)
長引くコロナ禍は、私たちにとって「モラル」とは何か、という問いを日々突きつける。しかし、どんなに苦しくとも、誠実さやモラルそのものを捨てる理由にはならない。
アウシュヴィッツ生還者のエディ・ジェイクは、ナチス支配下の恐怖、心の弱さゆえにモラルを失い、残虐な行為を繰り返す人間たちを目の当たりにしてきた。
エディは1920年にドイツのライプツィヒに生まれたユダヤ人で、今年101歳を迎えた。ナチスに両親を殺され、何度も強制収容所に送られながらも希望にしがみつき、奇跡の生還を遂げた歴史の生き証人である。
今回は、凄惨な環境でもモラルを失わなかった彼の体験談を『世界でいちばん幸せな男』より、一部抜粋してお届けする。これは決して、ただの昔話ではない。

心の弱い人は確実にモラルをなくした

「モラルを失えば、自分を失う」。これはナチスをみてすぐにわたしが学んだことだ。ナチス政権下で、ドイツ人がすぐに悪人になったわけではなかったが、簡単に操られるようになった。心の弱い人たちはゆっくりとだが確実にモラルをなくし、ひいては人間性までなくした。

そして、他人を拷問しても、家に帰れば妻や子どもたちと向き合える人間になった。わたしはよく、彼らが子どもを母親から引き離し、その子どもの頭を壁に叩きつけるのを目撃した。そんなことをしたあとで、食事をして眠れたのだろうか。わたしにはそれが理解できない。

親衛隊の兵士はときどきおもしろ半分にわたしたちをなぐった。彼らのはいているブーツは先端が鉄製でとがっていた。彼らはユダヤ人が通りかかると、「Schnell(シュネル)! Schnell(シュネル)!(急げ! 急げ!)」と叫んで、尻と脚のつけ根のあいだのやわらかい部分を思い切り蹴っては、ほかの人間を傷つけるという残酷な快感を味わった。蹴られると深い傷ができ、痛くてたまらず、食事や休む場所がなければなかなか治らなかったが、わたしたちにできるのは、傷を布で押さえて止血することだけだった。

あるとき、収容所を歩いていたら親衛隊になぐられて鼻の骨を折られた。理由をきくと、Juden Hund(ユーデン・フント)、ユダヤ人の犬だからだと言われ、もう一度なぐられた。

しかしこれは噓だ。ナチスの犬の扱いは被収容者の扱いよりもずっとよかった。兵士のなかには、わたしたちが恐れる残酷な女がいた。女はわたしたちをなぐるための警棒をつねに持ち歩き、どこへ行くにも攻撃的な大型のジャーマンシェパードを2、3頭連れていた。女は犬にとてもやさしく、いつも「Mein liebling(マイン・リープリンク)」、かわいい子、と呼んでいた。ある日アウシュヴィッツにいた幼い子どもが「大きくなったら犬になりたい」とわたしに言った。ナチスは犬にとてもやさしかったからだ。

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