アウシュヴィッツ生還者が見た非道な人々の仕業 「モラルは失ったが最後、取りもどす薬はない」

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被収容者のなかには「カポ」と呼ばれる裏切り者、ナチスの協力者もいた。同じユダヤ人でありながら、ほかの被収容者の監視役としてナチスに特別待遇されていた卑劣な連中だ。わたしたちのカポはオーストリア出身のユダヤ人だったが、根っからのひとでなしだった。大勢のユダヤ人をガス室に送り、その報酬としてナチスからタバコやシュナップス(無色透明でアルコール度数が高い蒸留酒)や暖かい服をもらっていた。自分のいとこもガス室に送った。怪物のような男だ。

ある日そのカポが見回りをしていたころ、ハンガリー人の年配の男6人が仕事の休憩時間にドラム缶で石油コークスを燃やして手を温めていた。手袋がなかったので、ときどきこうしなければ指がかじかんで動かなくなる。

これほど非人間的な行為があるだろうか

カポは6人の番号を書きとめ、鞭で打たせようとした。彼らは鞭で打たれたら死にかねないが、わたしなら——打たれ慣れているので——大丈夫だ。そこでわたしは大声で、6人の代わりにわたしを鞭で打てと言った。ところがカポはわたしが機械技師であることと、その経済的価値を知っていたので、働けない体にしたら自分の身が危ないと考えた。そして6人を鞭で打たせて殺した。

6人のことを報告する必要などなかった。彼は残虐な欲望を満たすために彼らを殺した。これほど非人間的な行為があるだろうか。

こうした行為をみて、これまで以上に固く心に決めたことがあった。自分に誠実でいよう、モラルを失わないようにしよう。しかし難しかった。飢えはわたしたちを放っておかない。体力を奪うのと同じ速度でモラルも奪っていく。ある日曜日、パンの配給があった。

わたしはそれを上の寝台に置いてスープを取りに行き、もどってみると、パンがなくなっていた。バラックのだれかが、おそらく寝台のだれかが盗んだのだ。そんなのは当たり前だと言う人がいるだろう。それが生存競争だと。だが、わたしはそう思わない。アウシュヴィッツは過酷な生存競争の世界だが、他人を犠牲にしてはならない。

わたしは一度も文明人である意味を見失ったことはない。罪人になってまで生き残ってどうする。わたしは被収容者を傷つけることはなかったし、人のパンを盗むこともなかった。仲間を助けるためにできるかぎりのことをした。

たしかに食べ物はとぼしかった。しかしモラルを取りもどす薬はない。もしモラルを失ったら、おしまいだ。

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