シンガポールで見た「日本の母」が苦悩する近未来 それでも「母親の役割が重くなる」3つの理由

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シンガポール政府はさまざまな形で働く女性を応援してきた。しかし、そこに透けて見えるのは家庭の役割はあくまでも果たしたうえでの経済への貢献だ。

国の都合で押し付けられる「家族主義」

過去の首相スピーチなどを見ると、シンガポール政府は1970年代以降の福祉国家を失敗ととらえ、他方で 家族の価値を強調することで 、老親の面倒を子に義務付けるなど、ケアを家族に任せようとしている。

京都大学の落合恵美子教授はシンガポールのことを市場で購入するケアサービスがベースとなりつつも、その費用負担が家庭にかかってくることから「自由主義的家族主義」であるとする。保育施設などの整備が女性や家族の福祉というよりも国力発展のための経済政策の一環として行われている点は、開発主義的側面もあると指摘している。

教育の競争が激しく、その責任や負担が母親に偏り続ける限りにおいては、その狙いそのものの是非は置いておいても、本当の意味で経済発展に女性の労働力をフル活用することも、根幹としているメリトクラシー(能力主義)も、実現しているとは言えないのではないか。

日本でも、自己責任言説が広まり、家庭が教育責任を負うことが当然のように見なされている。教育競争の反面で敗者復活の仕組みを用意しようとする姿勢については、むしろシンガポールのほうが配慮をしている側面もある。日本の中学受験の熾烈さなどを見ていると、正直言って日本はシンガポールのことを「極端」と高みの見物をしている立場でもないだろう。

ましてや男女の管理職割合、男女賃金格差など、あらゆる指標で見劣りする日本は、自分たちよりうまくいっているように見える国ですら発生している問題について、目を背けず、その課題における先進国から学ぶ必要もある。

「子育てと仕事の両立」問題が解決していけば、次の焦点は必ず「教育と仕事の両立」になる。そこで女性たちは自分のキャリアと子どもの教育達成をてんびんにかけ、葛藤し、一部の非常に恵まれた層だけが多額のお金とあらゆる資本を利用してその解を見つけられる。そんな社会でいいのだろうか。

家族に教育を任せれば、女性の“経済的活用”は限定的になる。競争が激しければ、女性はメリトクラシーを上がれなくなる。日本も、女性にあれもこれも背負わせていれば、必ずここで隘路(あいろ)に入り込む。これでは、女性管理職はそう増えない。少子化も歯止めがかからない。

各家庭で母親の献身がなくとも、子どもたちの教育が保障され、その将来を明るいものにしなければならない。これが北緯一度から見えてきた、日本へのメッセージだ。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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