2030年、老人も自治体も"尊厳死"しかない 湯浅誠×やまもといちろう リベラル対談(後編)

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湯浅:だって今やまもとさんがおっしゃったことを、私たちもずっと言ってきたわけです。でも「とりあえず俺食えてるし、いいじゃん」という感じなんですよ。だからみんなの盛り上がりがつくれなくて、解決が進まない。だからできる範囲で手をつけていくしかない。1人が1人を助けるだけでも、100万人の人がやれば100万人でしょう。1000万人の人がやれば1000万人でしょう。

生産しない人のケアを厚くすると社会全体に悪影響

やまもと:でも仮に100万人が100万人の老人を支援しますという話になったとしても、その助けられた老人はいずれ死ぬでしょう。死ぬ人は生産しないでしょう。生産しない人に対するケアを厚くすればするほど、社会全体の競争力が失われていきますよね。

湯浅:死ぬ人のケアを通じて、その人のお金が流れていく仕組みや、介護や援助行為自体に経済的付加価値を生み出していけばいいんでしょう?

やまもと:具合の悪い人が全員、介護されるに見合うお金があればその通りですが、実際にはまったくそんなことはありません。どこかで公的支援の枠組みに乗っかるしかない。それに、いずれ死ぬ人のお金をあてにした産業をいくら育成しても、それは国富を生みだすんですか、という議論なんですよ。老人が蓄えた金を介護サービスに回そうといったところで、なかなか成長には繋がらない。文字通り、マイナスサムですから。

このままではおそらく財政的な危機が先に訪れるはずです。最初にシワ寄せがいくのは、生活保護を受けている人たち。そうなると結構本気で餓死者とか、独居老人の孤独死とか、医療ケアを打ち切られた人などが発生するでしょう。そこでこの社会をどうすればいいのか。ちゃんと考えられているようで、実はそこまでの青写真はないんです。

湯浅:やまもとさんの関心に答えることになるかどうかわかりませんが、私はずっと「ソーシャル・インクルージョン(全員参加型社会)」ということを言ってきています。

国に頼るのは限界があるから、地域やコミュニティーなどで支え合う仕組みに、みんなで参加していく。たとえば団塊の世代の退職者が年200万人出るなら、この200万人の人たちに動いてもらうように働きかけていくことが、我々のできることだと思います。

その200万人のうちの1%でも本気になって動いてくれれば、餓死者が仮に2万人出るところを2000人はなんとか防げるだろうし、徘徊するお年寄り2万人が2000人減るかもしれない。あるいはそれ以上増やさないことができるかもしれない。そういうふうにしていくしかないのではないでしょうか。

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