(第16回)外需依存への移行 貯蓄投資バランス分析

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 しかし、実際にはそうならず、経常黒字は逆に増加した。これは純投資が貯蓄の減少を上回るスピードで減少したことと対応している。

ところで、経常黒字増加と純投資減少のどちらが原因でどちらが結果だったのだろうか。原理的には、次の二つのケースがありうる。
(A)何らかの理由で純輸出が増加し、それによって引き起こされた変化で純投資が減少する。
(B)何らかの理由で純投資が減少し、それによって引き起こされた変化で輸出が増加する。

(A)の場合には、利子率が上昇したはずだ。しかし、実際には利子率は上昇しなかった。だから実際に起こったのは、(B)が主だったと考えられる(ただし、すべての純投資減が外生的な変化で、すべての純輸出減が内生的だったわけではない。純投資の中には内生的に変わったものもあったろうし、純輸出の中にも外生的に変わったものがあったろう)。

実際、投資には外生的に減少したものが多い。民間の設備投資が減少したのは、製品に対する需要減退に伴って国内での設備が過剰になったためだ。また、中国の工業化によって、中国が日本と同じ製造業の製品をより安い価格で生産できるようになったため、日本の製造業が競争力を失ったからである。住宅投資は世帯数が増加しないので減少した。公共投資は、前回述べたようなメカニズムで減少した。

こうして、投資が貯蓄の減少以上に減少した。つまり、国内の貯蓄投資差額が拡大した(需給ギャップの拡大。これによって輸出ドライブがかかった)。

金融面から見れば、国内で資金過剰になった(カネ余り)。その結果、利子率が低下した。国内での投資機会がないので、海外投資を求め、資本流出が増大して円安になり、輸出が増加したのである。

投資を減少させた最も大きな原因は、日本国内において投資を増大させる環境が失われたことだ。つまり、国内における資本収益率の低下である。この期間の日本の経済構造の変化としては、人口高齢化の影響(貯蓄減)より、投資条件変化の影響(投資収益率低下)が大きかったと言える。

【関連情報へのリンク】
内閣府:SNA(国民経済計算)


野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。


(週刊東洋経済2010年5月29日号 写真:今井康一)
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