ビジネス界が突如「SF」に注目し始めた納得の理由 商品や事業開発に使える「SFプロトタイピング」
例えば、空飛ぶクルマを描く際、その機能を想像するだけではなく、それが社会、生活、倫理に与える影響と変容した世界を思弁=スペキュレイトすること。それがSFのSFたるゆえんなのだ。
SFの歴史を遡れば、最初にSFという文学ジャンルを世にもたらしたのは、ヒューゴー・ガーンズバックという編集者/技術者であった。ガーンズバックは「サイエンス・フィクション」という名称を生み出し、科学者にインスピレーションを与え、科学のイメージと魅力を一般に共有するための物語を掲載する雑誌『アメージング・ストーリーズ』を1926年に創刊した。
以降、SFはサブカルチャーの中で生息域を拡大していくのだが、そこに徐々に文学的な流れが入り込み、現実の資本主義への批判や、技術そのものへの警鐘、技術と私たちの関係を批評する物語がSFの力強い流れを創り、現在に受け継がれてゆくことになる。
さまざまなイノベーションに貢献してきた
そのなかで、コンピュータとネットワークの価値に早くから注目していた「サイバーパンク」といったサブジャンルが登場したり、SFという頭文字が「スペキュラティブ・フィクション」として解釈されるようになったりして、SFは大きな市場と一定の社会的地位を確立するのである。
このようなSFの特性は、これまでさまざまな形でイノベーションに影響してきた。
例えば、ロケット工学の基礎を築いたロシアの研究者コンスタンチン・ツィオルコフスキーはSF作家でもあり、「SFの父」とも呼ばれるフランスの作家ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』から影響を受けていた。例えばアイザック・アシモフが小説内で示したロボット工学三原則は、さまざまなロボット工学者に影響を及ぼした。そういった例は、枚挙にいとまがない。
より最近では、人工知能(AI)の技術的特異点(シンギュラリティ)の概念が好例である。シンギュラリティとは、AIが発展して賢くなり、技術やサイエンスの担い手が人間からAIになると、技術の発展に不連続で予測不可能な段階が出るという考え方で、未来学者(フューチャリスト)のレイ・カーツワイルが唱えて一躍有名になった。しかしこれはカーツワイルが単独で考えたわけではなくヴァーナー・ヴィンジというSF作家と共同で作った概念である。
また、大企業でなく消費者自身が製品を作ってゆく「メイカームーブメント」は、アメリカの技術誌『WIRED』の元編集長クリス・アンダーソンが『MAKERS』という著作を書いたことで広く普及した概念だが、アンダーソンは同著の冒頭で、SF作家コリイ・ドクトロウの同名の著作『Makers』への謝辞を寄せ、その影響について記述している。