国際協力の新潮流と日本が行うべき「質の援助」 前アジア開発銀行総裁の中尾武彦氏に訊く

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宮城:戦前からの系譜や資源獲得なども含め、荒木さんの語りから、戦後の日本の援助や国際協力の歩みが浮き彫りになるということですね。一方で、中尾さんがお勤めでいらした財務省や、アジア開発銀行(ADB)など国際金融の世界からは、また違ったものが見えるということもあるのでしょうか。

中尾:そうですね。荒木さんのお話は、JICAや産業界、それに外務省、農林省や通産省といった技術協力、無償協力のお話が中心だと思います。これに対し、財務省の国際金融局(現・国際局)が主として関わってきた二国間の円借款や世界銀行(世銀)、ADBなど国際開発金融機関(MDBs)による融資の重要性も忘れることはできません。

中尾武彦(なかお たけひこ)/1956年生まれ、1978年大蔵省入省。東京大学経済学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院MBA取得。IMF政策企画審査局、在ワシントン日本大使館公使、財務省国際局長、財務官などを経て2013年4月から2020年1月までアジア開発銀行総裁。現在、東京大学公共政策大学院、政策研究大学院大学で客員教授を兼任(主として留学生向けに国際金融、アジア開発史の授業を担当)(写真:みずほリサーチ&テクノロジーズ)

JICAは元々、1962年に創設された海外技術協力事業団が1974年に国際協力事業団になったもので、発展途上国に技術協力を提供し、外務省が行っている無償資金協力を助けていました。その一方で、途上国の資金需要に応えるためには、無償では規模を大きくできないので限界があって、やはり有償資金協力(低金利、長期の貸し付け)の必要性が出てくる。

円借款は1958年に日本輸出入銀行がインドに提供したのが最初ですが、やがて1961年に発足したOECF(海外経済協力基金・現在はJICAに統合)が担当することになり、経済企画庁、外務省、大蔵省、通産省がともに所管していました。それぞれの省庁の観点が必要だったのです。財務省は、IMF(国際通貨基金)や国際開発金融機関との関わり、相手国のマクロ経済状況、返済能力などを見ていました。OECF自体にも、途上国ごとの経済状況やインフラ政策などの専門家が育っていました。その中には、その後ADBに転籍して活躍している人もたくさんいます。

国際的に見ると、ブレトンウッズ体制の中核であるIMFと世銀、それに1966年に創設されたADBなどの国際機関は、途上国への資金フロー、開発思想の発展ということについて、非常に大きな役割を果たしてきました。日本でも、東名高速道路や黒部ダムなどの大型プロジェクトに世銀の資金と知見が大きな貢献をしたことが記憶されています。

日本の援助政策の「3つの方針」

宮城:その中で円借款を中心とした日本の援助は、アジア諸国に対して重点的に供与されましたね。かつて日本の援助の特徴は、①アジア中心、②円借款中心、③インフラ整備中心と言われていたことを思い出します。

中尾: OECFによる初の円借款は1966年に韓国に対して供与されたものですが、これは1965年の日韓基本条約による国交樹立に伴う経済協力です。その際には、「無償3億ドル」に上乗せする形で円借款を2億ドル供与することを、交渉に当たった大平正芳外務大臣が決断したのです。今聞くとそれほどの金額ではありませんが、1ドル360円の時代であり、1966年度の国の予算規模4.3兆円に比して、1800億円は少ない金額ではありません。

これ以降、OECFからの円借款はアジア諸国へのODAとして活用されることになります。有償なので大きな資金が出せるようになり、それによってアジアの産業基盤をつくる。だから道路とか、港湾の整備が重要なテーマになるんですね。アジアが外貨にも国内貯蓄にも不足し、国際金融市場での資金調達も困難な時代に、円借款は各国の経済発展の基礎作りを支援して、日本の直接投資や輸出にもつながっていきました。

宮城:とくに戦後アジアとの関係では、外務省が関わるような通常の意味での外交以外に、中尾さんがお話になったような面がとても重要ですね。

中尾:私はいわゆる国際金融畑で長くG7(主要7カ国の財務大臣・中央銀行総裁会議)に関わってきました。1970年代に変動相場制になって以降、固定相場を守るために外貨準備を心配するという必要がなくなり、IMFの役割もそれまでの先進国の経常収支や外貨不足といった問題から、途上国をどう助けるかにどんどん議論の比重が移っていきました。

ですから財務省の場合、国際金融を通じて援助の国際的な潮流につねにさらされてきたんですね。外務省は援助については二国間関係が基本ですが、財務省はG7とかG20などマルチの枠組みで援助や経済危機時の支援を考え、時に交渉するという経験と知見を持っています。

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