「論理的思考を絶対視する人」に伝えたい重大盲点 17世紀の医療に学ぶ「因果関係」を調べる重要性
「武器軟膏」を痛烈に批判したのが、異端審問官のウィリアム・フォスターです。彼は1631年に著した『軟膏を拭うスポンジ』において次のように述べています。
・自然に起こる現象はどうあっても、神と賢者らの間に定められたルール、すなわち直接的、ないしは擬似的な接触抜きには起こりえない
・これらの業を何に例えられるだろう、思い出されるのは魔女どもが作るような、突き刺すとそれに対応する人物が苦しむ蝋(ろう)で作られた人形である
加えて「剣での切り傷」には効果がある一方、「銃被弾による傷」には効果がないとする矛盾も指摘しています。傷の種類を選ぶのはおかしいのではないか、と。
現代の私たちからすれば、フォスターの批判は一見すると至極まっとうです。しかし彼の主張は、「遠隔治療の真偽」というより「自然的な治療」と「魔術的な治療」の区別に力点が置かれています。つまり人々に向けて「武器軟膏が黒魔術の類である」と印象づけることが目的だったのです。
彼は武器軟膏を支持する者たちのことを「異端」とし、とりわけロバート・フラッドという人物へ怒りの矛先を向けています。フラッドは、武器軟膏治療を支持する筆頭格の一人でした。フラッドに対するフォスターの言動は日に日に苛烈をきわめ、『軟膏を拭うスポンジ』の表題ページを、フラッド家の玄関に釘で打ち付けるという挑発的な行動にも出ています。
「武器軟膏は効く」と証明されていた!
フォスターによる一方的かつ感情的な振る舞いに対し、フラッドも黙っているわけにはいきませんでした。
フォスターは『軟膏を拭うスポンジ』のなかで、フラッドを「黒魔術師」と呼びました。ロンドン医師会に所属する公認内科医のフラッドは、その言葉に自尊心を大きく傷つけられたのです。同年、彼は『そのスポンジを絞り上げる』という、皮肉たっぷりのタイトルの論文を発表します。
・武器軟膏は「共感の力」を用いることで治癒を行う。武器についた血液と傷口とが「共感」することによって傷口をいやすという原理である。よって、武器に血のつかない銃に対する効能が無いのは当然の結果である
・英国王ジェイムズ1世によって認められた医師である私を黒魔術師扱いするということは、国権に対して疑義を挟むという意味になるがよろしいか?
フラッドは医師としてのプライドにかけて、フォスターの批判に反論したのです。「武器軟膏」は、当時の医療知識に基づき「合理的」かつ「先進的」な治療法である、と。眉唾の理論であるにもかかわらず、なぜフラッドはこれほど強く出ることができたのでしょうか。それは、武器軟膏の効果が証明されていたからです。驚くべきことに。
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