日本からシンガポールの大学に来たある日本人留学生は、同級生に「週末何してるの?」と聞いたところ、「勉強以外に何があるの」と返されたという。日本の大学生が他国に比べて勉強していないという点はあるだろうが、シンガポールの教育システムは試験などのゴールを設定しそこに向かって合理的に進むような枠組みになっているとも言える。
私が子どもを持つ30~40代の母親に実施したインタビューでも、高学歴の母親たち自身が学部を選ぶ際や就職する際に「プラクティカルな理由で」選んだと答えるケースが過半数だった。つまり、その分野に興味関心があったとか、将来こういうことがしたいといった「やりたいこと志向」よりも、いい大学と言われる大学だから、よい収入を得られる仕事につながる選考や職業だから、自分が不得意な領域を外したらこうなった——というような判断基準がよく出てくる。
そもそもシンガポールは国家として生き残るために経済成長を優先させるプラグマティズムを意識的に採ってきた。合理的、プラクティカル、プラグマティック。そんなシンガポールが今直面しているのが、「変化が激しいグローバル競争でますますイノベーションをおこせるような創造的な人材が必要になる」という想定に基づいた危機感だ。
バラ色の教育システムはどこにもない
“旧来型学力”を追い続けることによるストレスと、イノベーティブな人材を育てる“新しい能力”の必要性という2つの課題設定に対し、政府ももちろん手をこまねいているわけではない。
それについては次回以降で触れていくが、教育の目的を何とみなすか、学力以外の社会的な格差などの問題をどの程度重視するか、PISAの結果等からの国際比較をどこまで有効と見るか……などの視点によって、「どの国の教育がベストか」は変わってくる。
当たり前のことだが、ここに移住すればすべてうまくいくというようなバラ色の教育システムなどどこにもない。端から見ればうまくいっているように見える社会にも、それぞれの課題と試行錯誤がある。数値だけではわからない他国の実態を知ることは、自国の教育制度や学校のあり方を考えるうえで重要な道標となるのではないだろうか。
岩崎育夫、2005年『シンガポール国家の研究』風響社
坂口可奈、2017年『シンガポールの奇跡』早稲田大学出版部
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