経営幹部から「声がかかる」管理職は何が違うか 「雇用大激変時代」でも生き残る管理職の条件

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この「売り」は、特定分野に絞り込めば絞り込むほど強力なものとなります。私が働いていた資産運用業界では、1990年代に入ったころから本格的なグローバル化が始まり、欧米を中心とした外資系の資産運用会社が日本のビジネスに参入してきました。

顧客である法人投資家の人たちに自分たちの存在を知ってもらおうと、現地でアメリカ株や欧州株の運用を行っている外国人ファンドマネジャーを日本に呼んだセミナーも増えてきました。しかし、問題となったのが参加者のための同時通訳です。

どの業界にも特有の専門用語や言い回しがあり、それを知らないと正確に通訳できません。たとえば、資産運用における“short position”というのは「空売りのポジション」のことなのですが、その知識のない通訳は苦し紛れに「(期間の)短いポジション」などと訳してしまいます。

証券市場や投資に関わる専門用語だけでなく、アメリカから導入されつつあった金融工学で使われている数学や統計学の用語まで理解している通訳は見当たりませんでした。そこで各社は、事前の打ち合わせを入念にしたうえでヒヤヒヤしながら通訳をお願いしていたか、あるいは帰国子女の社員が逐次通訳で対応する(時間は倍かかる)など苦労していました。

そのようなとき、岡山さん(仮名)という同時通訳者が現れます。特殊な専門用語をスピーディーかつ的確に訳すことで実績を重ね、その評判が業界内に広がっていきます。やがて資産運用分野に特化した数少ない同時通訳者として、数カ月先でないと予約が取れないまでになります。私が勤めていたアメリカ系の会社もセミナーでお世話になったことがありましたが、文句のつけようのない完璧な同時通訳でした。

岡山さんの場合は、「資産運用に特化した同時通訳」という分野を絞り込んだ専門性で、圧倒的な個人ブランドを構築されたのです。絞り込んだ分野での他の追随を許さない専門性は、その分野のビジネスを総取りできるほどの無敵の「売り」になります。

肩書きよりも専門家として何ができるのか

環境変化によって企業の事業は流動化していきます。そこで必要となる人材も変化していきます。これまでの日本企業は異動や配置転換によって、社内で人材を流動化させることで何とかしのいできました。しかし、トヨタ自動車が採用に占める中途採用の比率を5割にする方針を打ち出すなど、足りない専門人材は社外に求める動きが加速しており、人材の流動化は社内から社外へと広がっていきます。

私が長らく過ごした外資系企業の世界でも、マネジャーやディレクター、マネジング・ディレクターなどの管理職は、大きな責任と権限でダイナミックに仕事を動かしていくことができ、それに見合った報酬を得ることができる魅力的なポジションです。多くの社員がそこを目指して懸命に努力しています。しかし、管理職であることイコール人材としての市場価値ではないことを誰もが知っています。

管理職であることに加えて、自分がどの分野の専門家として何ができるのかといったことが人材価値を決めているため、マネジメントの役割を果たしながらも、自分の「売り」を必死で磨こうとしています。だから、彼らは管理職であっても決してプレーヤーの座を手放そうとはしないのです。

専門性の多様化と細分化に続いて、専門能力を基準とした人材価値の再評価が起きようとしている日本企業においても、肩書きだけに頼らず「売り」を明確に打ち出すことができる管理職だけが、必要な人材として声をかけてもらえる時代になっていきます。

櫻田 毅 人材活性ビジネスコーチ

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さくらだ たけし / Takeshi Sakurada

アークス&コーチング代表。九州大学大学院工学研究科修了後、三井造船で深海調査船の開発に従事。日興證券(当時)での投資開発課長、投資技術研究室長などを経て、米系資産運用会社ラッセル・インベストメントで資産運用コンサルティング部長。その後、執行役COO(最高執行責任者)として米国人CEO(最高経営責任者)と共に経営に携わる。2010年に独立後、研修や講演などを通じて年間約1500人のビジネスパーソンの成長支援に関わる。近著に『管理職1年目の教科書』(東洋経済新報社)がある。

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