「汚部屋そだちの東大生」描いた彼女の壮絶半生 就職してからようやく自分を客観視できた

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『汚部屋そだちの東大生』では大学を卒業すると同時に家を出たことになっているが、実際には就職後も家は出られなかったという。

「就職先は今も働いている出版社を選びました。理由は本が好きだったからですね。就職に関しては親とたまたま意見があったので、あまりもめませんでした」

会社は、当たり前だが家よりも清潔だった。机と椅子があり、給湯器があっていつでも温かいお茶も飲める。

「『快適だ!!』って思って、朝早く会社に行って、残業してから帰りました。出張も積極的に行きました。家ではボコボコのところで身体を折り曲げて寝てましたから。『ホテルのベッドはなんて平らで寝やすいんだ!!』って感動しました」

汚部屋に住んでいる弊害も出た。

脱いだ服をそのまま地べたに置いて

「服、落ちてるよ?」

と言われることもあった。ハミ山さんにとって、地面に服を置くことはごく自然なことだったのだ。

「机の周りもすぐに散らかっちゃうんですね。書類もすぐになくしてしまう。

『みんなできているのに、なんで整頓できないんだろう?』

って考えてみて、

『そうか、そもそもやったことがないからか』

と気づきました」

ハミ山さんは給料をすべてそっくり母親に渡していた。学生時代にアルバイトしていたときからずっとそうだったし、母親にお金を渡すことにハミ山さんはなんの疑問も持っていなかった。

「自分がいくら稼いでいるのかすらまったく知りませんでした。はじめて違和感を持ったのは、初任給が出たときでした。新入社員たちがみんなで

『初任給が出たら何買う?』

みたいな話をしてました。それを聞いて

『初任給で買い物するってどういうことだろう?』

と思っていました」

ある日、大学時代の先輩に

「給料は貯金するつもり?」

と聞かれた。ハミ山さんは、

「いえ、お金のことは親にまかせているので……」

と答えると、先輩は顔を曇らせ

「え? それは気持ち悪いよ」

と言った。

「先輩もかつて親子関係に問題を抱えていた人だったので、“変さ”に気がついたみたいでした。そんなふうにいろいろな人のおかげで、少しずつ自分のことを客観視できるようになってきました」

しかしそれでもハミ山さんは具体的に家を出ようとは思っていなかった。

そしてついに家を借りることに

「親しくしていたグループ内に世話焼きの人がいて『家を出たら?』と言ってくれました。でも私は『そんな、まさか~』みたいな感じでした」

その人は部屋が汚部屋であることよりも、母親に危機感を持ったようだ。

「お金はすべて母親に渡している」

という話を聞いて、

「それは、本当に家を出るしかないよ」

とシリアスに言った。そして何人かの友人がハミ山さんと一緒に賃貸物件の内見に付き合ってくれた。

「そのときはじめて

『アパートってこれくらいの値段で借りられるんだ!!』

って知りました。それで、そのままの勢いで家を借りちゃいました」

社会人2年目の冬だった。

次ページ母に短い手紙を残し、念願の1人暮らしがスタート
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