通学時間や現在の成績を考慮して、姉の通う学校などをチャレンジ校に定め、本命校として偏差値40ほどの学校を据え、勉強を進めて行くことを決めた。
転塾した塾でも、来夢さんは決して成績がよいほうではなかった。しかし、ここには仲間がいた。「ずっこけ3人組」。塾の先生からそう名付けられた3人は、いずれも似たような成績だった。
愛嬌たっぷりにそう呼んで目をかけてくれる先生。熱心な指導は続いたが、成績はあまり伸びず、最高でも偏差値40がやっとだった。「毎日やっているのになんで成績があがらないの!」自分に対するいらだちや、やるせなさからなのか、来夢さんは塾に行くことを考えると、吐き気をもよおすようになった。そしてある日、来夢さんは逃亡した。
自宅の電話が鳴ったのは、夕方のことだった。「来夢さん、塾に来ていません」。先生の言葉に美佐子さんは青ざめた。塾に行くと言って出た来夢さんが、突然いなくなったのだ。
「あんたは今ならまだ間に合うんだよ」
近所を探したが見つからない。部屋を見ると、パジャマがないことに気がついた。一体どこへ行ったのか。携帯電話にかけても一向に出てくれない。携帯電話をなくした時に使う機能を使って居場所を探すと、表示されたのはなんと新宿駅だった。
何度も電話をして、やっと娘とつながった。「お母さん、どうすればいい……」。困ったような声が聞こえてきた。
聞くと、埼玉に住む女子大生の従姉妹の家に行こうと、新宿まできたものの、そこからどうやったら行けるのかがわからなくなったということだった。
「とにかく一度、帰っておいで」。無事がわかってほっとした美佐子さんは、優しくそう呼びかけた。そして「そんなに苦しいなら、中学受験、もうやめよう」と伝えた。
帰宅後、落ち込んだ様子の来夢さんを自室に誘ったのは、高校生の姉だった。
「お姉ちゃんは中学受験を頑張らなかったこと、少し後悔しているの。幼なじみの雪ちゃんは、大学付属校に入れたから、大学受験もなく、自由に過ごしているようなの。私はもう、大学受験を考えなくちゃいけなくて、今、すごく苦しい。こんなに苦労するくらいなら、あのとき、もっと本気で勉強して、第一志望校に受かっていたらよかったのにと、何度も思った。あんたは今ならまだ間に合うんだよ。頑張れるんだよ」
涙ながらに話す姉。姉の言葉が来夢さんの心を動かしたのか、翌日からは何もなかったかのように、再び塾に通い始めた。
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