中学受験「偏差値40台」目指した子の最後の結末

偏差値50以下の受験に挑むことの意義

高校生の姉を持つ来夢さん。姉は小学1年生から難関校受験の名門塾SAPIXに通い、慶應系の中学を目指していた。「姉はぜんぜん勉強をしないタイプの子でした。あと少しでαクラスだったのに、やらないから……」。歯がゆい思いをしていたと話すのは、母親の美佐子さんだ。

αとは、SAPIXにおける最上位クラスのことだ。「最後のほうでやっとエンジンがかかり、勉強をするようになりました。そうしたら、慶應に手が届くかも!というくらいまで成績が伸びました」

自身も夫も中高一貫校の出身だという藤堂家。中学受験の勉強で高い偏差値が取れないのは、本人によほどやる気がなく、親も手をかけていないからだと、思っていたという。だが、次女の来夢さんの受験勉強に寄り添ううちに、それは完全に「間違いだった」と気づかされることになる。

覚えたことを翌日には忘れてしまう

次女の来夢さんが受験を考えはじめたのは、小学校3年生の頃だ。姉のように、中学受験をして、高校入試をしないのがいいか、中学は地元に通って、高校受験をするのがいいか。両親が本人に話をすると「高校受験はいやかなぁ」という返事が返ってきた。高校受験は大変そう、そんなイメージが来夢さんにはあったようだ。

「姉の友人が地元中から高校受験をしたのですが、内申点を採るのが大変だったという話を聞きかじったのかもしれません」

消去法のような形で決めた中学受験への挑戦だが、塾に入ると決まってからは、前向きな発言が続いた。

「お母さんを絶対にαクラスの子の親にしてあげるから!」

明るく力強く意気込む娘は、姉が通ったSAPIXに入塾した。だが、入塾早々に高い壁を感じ始めた。そのときのSAPIX偏差値は30台。

3年生の間はクラス数も少ないため、それほど目立たなかったが、4年生クラスになり生徒数が増えると、SAPIXという集団の中では、勉強ができないことを否応なく突き付けられた。αクラスは夢のまた夢。ずっと下位クラスから抜けられない日々の始まりだった。

習ったことを忘れないように、塾から帰ったらすぐに復習。塾がない日も自分から机に向かい、課題と格闘する日々。「わからない」と嘆く来夢さんを美佐子さんは根気よく励まし、理解できるまで、教え続けた。

「よし、わかったね! じゃあ、寝ようか」。解けなかった問題が解けるようになるたびに「今度こそ大丈夫!」そう思って眠りについたが、驚くことに、来夢さんは朝になると覚えたことをほとんど覚えていなかったという。

「どういうわけか、前日は完璧に理解できたと思ったことも、すぐに忘れてしまうんです」

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