もしも徳川家康が甦って日本の首相になったら 教養エンタメ小説が描く英雄たちのコロナ対応

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北辰一刀流の免許皆伝である龍馬の目から見ても、家康の身体にほとばしるエネルギーと衣服の下に息づく筋肉は一流の剣士そのものであった。肌は浅黒く、体躯に比して大きな顔には、これまた大きな茶色がかった瞳がある。醜男ではないが、その瞳のアンバランスな大きさが底しれぬ不気味さを醸し出している。本来、瞳というものは心の内を表すものであるが、家康の瞳には感情というものが見当たらない。まるでブラックホールのように見る者を吸い込んでいくようである。

〝無駄なことは一切しない〞

そんな威圧感と圧迫感が家康にはあった。

これが徳川家康か......。龍馬はがらにもなく家康に対して畏怖の念を覚えた。

「そ、それでは、まずは内閣総理大臣から一言もらうきに」

その感情を打ち消すように声をあげる。龍馬自身、歴史を変えた英雄である。家康に負けたくないという気持ちがその声にこもっていた。その龍馬の想いとは裏腹に家康は、自分の間合いを変えず、ゆっくりと閣僚を見渡した。

そして静かに口を開く。

「合議に入る前に我らがなぜここに集められたか、腑に落ちぬ方々もおろう。まずはその経緯を、我らを集めた者から直に聞いていただくとしよう......入られよ」

家康の野太い声に誘われるように、奥の扉が開き、白髪の長身痩せ型の老人が入ってきた。黒のスーツを身に纏い、身体をやや屈めるようにしながらヨロヨロと歩く。口元はマスクで覆われている。

老人は、閣僚たちの真ん中あたりまで歩を進めるとゆっくりと頭を下げた。

コロナがもたらした大混乱

「日本党の幹事長木村辰之介でございます」

声がかすれて小さいので聞き取りにくい。よほど体調が悪いのか顔色は青白く、額にも汗が玉のように浮き出ている。

「木村。我らには病が伝染る心配はない、布を外してもよいぞ」

家康が声をかけた。木村は家康に深く頭を下げるとマスクをとり、閣僚たちにも一礼をした。

「みなさまに現世に蘇っていただいたのは、この国の危機を救っていただきたいがためです。今、世界は新型コロナという伝染病により、大混乱に陥っております。凄まじい勢いで感染が広がり、死者も増えつつあります。なによりも我が国の総理大臣であった原太郎までこのコロナの感染により命を落としました。

感染を防ごうにも、最初の段階から後手に回ってしまっており、手に負えぬ状態でございます。また、原のあとを継ぐ者も容易には決まらず、未知の病ゆえ専門家の意見も定まらず、政治にまつわる者や、影響力のある者たちがめいめい勝手な意見を言うため、国としての統制がとれなくなっている有様です。そこで、最後の策として、過去のこの国の偉大な指導者であったみなさまを科学の力で蘇らせ、この危急にあたってもらおうと考えた次第であります」

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