もしも徳川家康が甦って日本の首相になったら 教養エンタメ小説が描く英雄たちのコロナ対応
「おぬしも病にかかっておるな」
家康は痛ましそうに木村を見た。
「はい。私のような老いぼれがこの病にかかると一気に悪化するようでございます。しかしながら、家康さま。この国も私のようなものでございまする。今までなんとかその場しのぎの対応でやってきましたが、もう、その場しのぎの治療では治りませぬ。
今、生きている者は、現世の様々なしがらみに縛られ、大胆な発想もできなければそれを行動に移すこともできませぬ。私は父のあとを継ぎ政治家になり40年。ひたすらおのれの立身出世と保身のみに生きてまいりました。10年前、息子が自ら命を絶ったことで、私はおのれの卑小さ、醜さに気づきました。せめて最後は政治家らしくこの国のために尽くして死にたい。その一心でございます」
おそらく、気力が尽きたのだろう。木村は膝をガクッと床に折り曲げるようにして体勢を崩した。
「無理をしたらいかんぜよ」
龍馬は慌てて木村を抱き起こそうとしたが、実体のない龍馬の腕では木村の身体に触れることはできなかった。木村はそのまま、両手も床に突き、土下座をするようにして頭を下げた。
「どうか......我が子、我が孫に誇れる国にしてくださいませ......。私が息子に果たせなかった未来を......」
かすれた声はますます聞き取りづらくなり、いよいよおのれの頭の重みにも耐えられなくなったのか、がくりと首も折り曲げ、床に顔をこすりつけるような状態になった。しばらく沈黙が流れた。
合意を勝ち取った木村
「その者。息絶えておるであろう」
家康が厳かに言った。
「死んどるのかえ」
龍馬が驚いて、うつ伏せになっている木村の顔を覗き込んでみると、その顔面は穏やかではあったが、死の静寂がうつしだされていた。
「木村と申す者。まさに武士の死に様であった。見事であった」
家康は、伏したまま息絶えた木村の遺体に声をかけた。
そして、ゆっくりと視線を上げ、閣僚たちを見回した。
「わたしはこの者の最期の頼み、叶えてやろうと思うが、いかがであろうか」
家康の問いかけに、閣僚たちは静かに頷いた。
日本党幹事長、木村辰之介はおのれの命と引き換えに、家康以下の最強内閣閣僚の合意を勝ち取ったのである。
ただ、ある一人だけ、家康の問いかけに微動だにしない者がいた。その者は鋭い眼光を正面に向けていた。彼だけは、木村に対して一度も視線を送らなかった。その男は......
経済産業大臣の織田信長である。
(試し読みはここまでです)
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