もしも徳川家康が甦って日本の首相になったら 教養エンタメ小説が描く英雄たちのコロナ対応

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「わしゃ、こがなかしこまった場は苦手なんじゃがの......」

居並ぶ閣僚たちは、この日、初めて顔をあわせた。それぞれ違う時代からやってきているため、お互い、どう向き合ってよいか、まだ探りあうような雰囲気である。同じ時代、そしてお互い因縁を抱えている者同士もおり、一種異様な緊張感が漂っていた。

龍馬は、首相官邸の閣議室に集まった面々を前にして、もぞもぞと袴の位置を直した。困った時のこの男の癖である。

現世では、公の場に現れることのなかった龍馬である。奇跡ともいうべき薩長同盟を成功させ、大政奉還という驚天動地(きょうてんどうち)の策を考えだした風雲児といえども、このなんとも不思議な状態に戸惑いを隠せなかった。

ちなみに龍馬をはじめとする復活した偉人たちにはあらかじめ、同僚たちの経歴や事績、能力などがインプットされている。そして、過去の因縁が思考や行動に影響を及ぼさないようにプログラミングが施されている。

例えば徳川家康には、結果として自分の子孫を追い詰めた坂本龍馬の事績についてはインプットされているけれども、そのことによって龍馬に対して恣意的な思考が生まれないようになっている。

彼らには極めて重大な因果関係はあるが

それは、家康、信長、秀吉という極めて重大な因果関係(秀吉は信長の子供を殺しているし、家康は豊臣家を滅ぼしている)に対しても同様であり、歴史的な事実のインプットはされているがあくまでも彼らの能力、性格だけによって思考がなされるようになっていた。

開始時刻が過ぎた。

龍馬はちらりと時計を見て、大きく息を吐いた。
「これもお役目じゃ」

自分に言い聞かせるように呟くと、

「お歴々の方々。閣議をはじめるきに」

一種異様な静けさに包まれたメンバーの無言の圧力から逃れるように、龍馬は蓬髪の頭をかきむしりながら開会を宣言した。大声である。同時に大量のふけが飛び散る。総務大臣に任じられた北条政子が露骨に嫌な顔をした。龍馬は、内閣総理大臣に任じられた徳川家康に視線を向けた。自分が終わらせた徳川幕府の創設者であり、江戸時代を通じて〝神君〞と呼ばれた伝説の人物が目の前にいる。265年にわたる太平の世を築いた英傑は、小柄ではあるががっしりした体躯を持っていた。

後世にイメージされる肥満の意地悪そうな古狸というより、戦国大名にふさわしい武人の迫力が備わっている。剣の達人としても知られる家康は、佇む姿勢にも一分の隙もない。

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