アリの巣でキリギリスを殺してはならない キリギリスをうまく跳ばせる方法

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アリとキリギリスの役割分担を明確にする

このように、キリギリスの能力はアリと混在することによって、「足を引っ張られる」ことはあっても、能力を活かされることはない。それでは、環境変化に適応できなくなったアリがキリギリスを活用してイノベーションを起こすにはどうすればよいのだろうか?

まずはアリとキリギリスが中途半端に同居することが、最も好ましくないのは明らかであろう。意思決定も違えば、仕事に対する姿勢も前述のように180度異なるから、お互いはかみ合わない。

したがって、まずは、このような「思考回路の違い」を認識するところから始めなければならない。たとえば商品企画などの意思決定における場面を考えてみよう。

アリは「過去の実績と論理」で明らかにうまくいくと考えるもののみ先に進めるべきと考える。キリギリスは「前例がないことをやるから、ある程度はやってみなければわからない」と考える。そんなアリとキリギリスが同じ土俵で議論しても、キリギリスの勝ち目は非常に少ない。

問題発見がキリギリスの役割である一方で、アリは「決められた枠の中をきっちりと仕上げる」という重要なミッションを担っている。ざっくりと言ってしまえば、世の中の9割以上はアリで成り立っていると言ってもよい。このようなアリはつねに「現実」を重視し、つねに具体的に考えることで実行を最重視する。「理想」を重視するキリギリスばかりの世の中になってしまっては収拾がつかなくなるのは、組織も社会も同じである。

ところが、アリばかりの社会や組織は必ず時間とともに劣化していく。なぜなら、「変数を固定して」「閉じた系で」考えて行動するアリは近視眼的になりがちで進歩がないからである。

さらに言えば、キリギリスを「組織という閉じた系」に住まわせること自体が自己矛盾なのである。破壊的イノベーションとは、そもそもその定義からして、従来の技術や事業と不連続なものである。そして、「持たざるもの」というチャレンジャーが、「持つもの」というエスタブリッシュメントに挑戦し、時には失敗し、時にはそれを置き換えていくという過程である。

したがってキリギリスは、本来、「アリの組織の外で」活動すべきものである。

アリにキリギリスのマネジメントはできないし、逆もまた真である。アリとキリギリスが混在する場合には、両者の特性をわかったうえで適材適所に使い分けるという、アリとキリギリスをひとつ上位の視点から見る「メタレベルの」マネジメントが必須である。それは従来組織とプロジェクト組織かもしれないし、親会社と子会社という関係かもしれない。いずれにしてもこれらを明確に区別して扱わないかぎり、キリギリスが跳べなくなるという過ちが繰り返されるだけになる。

本連載では問題解決型のアリと問題発見型のキリギリスの間で対立する思考回路を3つの視点から整理するとともに、近年増加する「問題発見型キリギリス」が力を発揮して「跳ぶ」ための方法について述べてきた。キリギリスは多数派である必要はないが、現状では明らかにニーズに対して不足している。

キリギリスになりうる資質や能力をもった潜在的キリギリスは、どのような組織にもいるだろう。あるいは、一見、アリ型のビジネスパーソンの中にも、キリギリス的な要素はあるだろう。少なくともせっかくの潜在的キリギリスを「アリの巣で殺す」ことは、貴重な才能の浪費である。組織が、そしてビジネスパーソンの一人ひとりが、潜在的キリギリスをうまく活かすことができれば、まだまだ創造性を発揮し、イノベーションを生み出すことは可能と言えるだろう。

細谷 功 ビジネスコンサルタント、著述家

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ほそや いさお / Isao Hosoya

1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業後、東芝を経てアーンスト&ヤング・コンサルティング(クニエの前身)に入社。2009年よりクニエのマネージングディレクター、2012年より同社コンサルティングフェローとなる。問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の大学や企業などに対して実施している。

著書に『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』、『アナロジー思考 「構造」と「関係性」を見抜く』『問題解決のジレンマ イグノランスマネジメント:無知の力』(以上、東洋経済新報社)などがある。

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