同じ土俵でならつねにアリが勝つ
このように、「問題発見型」のキリギリスと「問題解決型」のアリとでは、思考回路や行動パターンが真っ向から対立する。では、このようなアリとキリギリスが「同居」したら、何が起きるのだろうか? 「アリ」と「キリギリス」が「同じ土俵」で争ったら、ほぼ確実にアリ型の人間のほうが勝利するのである。
つまり、組織の中でこのような「2つの異なる人種」が共に活動し、意思決定に際して主張が対立した場合、たいていは、アリの主張が通るのである。
その理由のひとつのヒントが、前回述べた「2次元のアリと3次元のキリギリス」という違いにある。つまり変数を固定して考えるアリと変数を自由自在に増やして思考の自由度を上げられるキリギリスとの違いである。このように「次元が異なるもの同士」が同じ土俵で戦うためには、「変数を低いほうに合わせる」必要がある。
変数が違っていては比較ができないから、比較の対象とするためには変数を合わせる必要がある。スポーツにたとえて言えば、手だけで勝負するボクサーと手も足も使えるキックボクサーが「公平に同じ土俵で」勝負しようとすれば、キックボクサーが足を封じることになるだろう。その場合、普通に考えればつねに手だけで勝負している通常のボクサーのパンチ力のほうが、手と足の合わせ技で勝負しているキックボクサーのパンチ力を上回るであろうことは容易に予想できる。
アリとキリギリスに話を戻せば、アリはつねに自分が通常なじんでいる変数の中でしか勝負をしないから、キリギリスとしてはつねにどこかに縛りを入れられた状態で、相手の得意な領域で戦うことになるのである。こうなればつねに勝負は見えている。直観的に言うなら、(羽と後ろ足を使えないようにして)「跳べないキリギリス」と通常のアリが戦えば、それは当然、アリが勝つことになるだろう。
組織の中のさまざまな意思決定の場面で言えば、たとえば「短期的コスト」という変数しか持っていないアリと、それに加えて(「売り上げ」や「時間」という変数を加えた)「長期的な利益」という「より高い次元で」考えているキリギリスとの対立が考えられる。「短期コスト」と「長期的な利益」のどちらを変数にするかという選択肢の間での意思決定では、アリにもキリギリスにも容易にわかりやすい短期的コストを評価関数にして議論せざるをえなくなってくる。
さらに大きな視野で、「数字」で表現できる変数でのみ考えるアリと、むしろ数字で表現できない変数を重視するキリギリスとの間での意思決定がどうなるかを考えてみよう。そこでは、「最大公約数」としての数字を基にしてしか議論ができないから、(全員が同じ土俵で議論できる)数字重視に流れて行く。結局、集団での意思決定は「わかりやすいほうに流れる」しかないのである。
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