フォルクスワーゲンの「EV大転換」が危うい理由 ユーザー不在のクルマ作りが招く最悪の事態

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むしろ、そこまでEVに傾注するのであれば、その先にある「EVがこれだけ増えたら、これだけのことがよくなるんだ」というビジョンを語るべき。そうでなければ、ただパリ協定が決めたCO2排出量削減の数値目標をクリアする目的だけが、前面に出てきてしまう。

EVにはコストや航続距離などいろいろな課題があるが、どんなに優れたクルマを作っても、買ってもらえなければ意味なしだ。

2020年より生産開始予定の電動SUV「ID.4」(写真:フォルクスワーゲン)

ユーザーをキチンと見ていないと、「うちは何百万台のEVを作ります」と宣言したところで、購買意欲にはつながらない。ユーザーが“どうすればEVを欲しくなるか”を考えなければ、計画倒れとなってしまうだろう。

そのあたりもトヨタは現実的で、「何を買うかはお客様が決めること。だから、われわれはEVもハイブリッドも燃料電池車も、ガソリン車もすべてやります。どれを選ぶかはお客様です」という姿勢でラインナップを揃えている。

一方でフォルクスワーゲンは、“EV一本足打法”になってしまっており、経営的にも危うく、リスクが高いところに来てしまっていると感じられるのだ。

世の中は「EV一本化」にはならない

EV販売は各国政府の政策に大きく左右されてしまうため、コロナ禍で各国の財政状況が緊迫している中、今まで通りの優遇政策ができないと判断されれば、莫大な投資が回収できなくなる可能性もある。

僕は、この先10~15年は、使う人や地域、使い方などによって理想がそれぞれ違い、「EVだけが正解」とか「エンジン車はダメ」とか「水素が最高」という流れにはならず、それぞれの理想に合ったものを選んで使う世界になると予想している。

そう考えると、フォルクスワーゲンの“EV一本足打法”はリスクでしかない。さらに、EV開発への莫大な投資のために、ゴルフやTロックを始めとする現行車からフォルクスワーゲンらしさが薄れてしまっているとすれば、とても危険だと言える。

既存のクルマが売れなくなることで、フォルクスワーゲンが描く“EVシフトの未来”への投資を回収する手立てすら、失うことになるのではないだろうか。

現在のユーザーではなく、不確定な未来にのみ目を向けるフォルクスワーゲンが、僕はいちファンとして心配でならないのだ。

岡崎 五朗 モータージャーナリスト 

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おかざき ごろう / Goro Okazaki

青山学院大学理工学部機械工学科在学中から執筆活動を開始。新聞、雑誌、webへの寄稿のほか、2008年4月からはテレビ神奈川「クルマでいこう!」のMCをつとめる。ハードウェア評価に加え、マーケティング、ブランディング、コンセプトメイキングといった様々な見地からクルマを見つめ、クルマを通して人や社会を見るのがライフワーク。

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