不安な現代人こそ「礼」が必要になる意外な理由 われわれは日常を失いつつある

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國分:礼は今まさに論じられるべき概念だと思います。中島さんがご存じかわからないんですが、少し前から世の中ではマナー講師というのがはやっているんです。例えば、「Zoomのオンライン会議ではこういうマナーがございます」などと言って、誰が作ったんだかわからない「マナー」を研修会で会社員に聞かせるわけです。

ここには現代人の不安が実にわかりやすい形で現れていると思います。なぜこんな商売が成り立つのかと言うと、要するに、誰も自らがよって立つべき習慣や礼がわからなくなっているからです。

意見のない人は説得する必要がないのと同様、礼を身につけることができなかった人には「マナー」をただ強制すればよい。つまりどう振る舞えばいいのかわからない人々の不安に付け入っているわけです。

中島:やっぱりニーズがあるわけですよね。

國分:ニーズがあるんです。「僕は間違っていないだろうか」と、みんながびくびくしている。でも、中島さんが礼という言葉で言おうとしていたのは、繰り返される習慣の中で形成される、自らの振る舞いの形式そのものであり、ひいては、自分の生のあり方や他人との交流の基礎になっていくようなものだと思うんですよね。

アガンベンの「生の形式」も、ほとんど習慣のようなものですから、礼と極めて近いと言えると思います。

「礼」も「日常」も反復の中で獲得されるべき

國分:現代の資本主義は同じことを繰り返すことを許さない。新たなニーズにつねにフレキシブルに対応し、イノヴェーションを続けることを強制されます。これは言い換えれば、日常というものをなかなか手にできないということです。実はわれわれは今日常を失いつつある。

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アメリカの哲学者スタンリー・カヴェルは、「日常というのは出発点ではなく獲得されるべきものだ」と言っています。これは実にすばらしいイメージですし、今こそ考察されるべき思想だと思います。

礼も日常も反復の中で知らず知らずのうちに獲得されるべきものではないでしょうか。マナー講師がはやってしまうのは、そういう礼や日常が破壊されていることの証拠ではないかと思います。

中島:そういうことですよね。マイケル・ピュエットというハーバード大学の先生が『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』という本で、礼の話を詳しくしています。

彼は礼というのは日常に始まり、日常に終わると言っています。ところが日常が破壊されていたら、礼は始まらない可能性がありますよね。

國分:概念が旅をするという話題になりましたが、僕は礼という概念も、もっといろいろなかたちで翻訳して、世界中を旅させたほうがいいと思います。そのなかで、アガンベンの「生の形式」という概念と出会えば、概念同士が意気投合するかもしれない。

中島:礼というのは、孔子以前から使われていた古い言葉です。そこに孔子が登場して、「仁」が大事だと言います。でも、孔子は何のために仁と言ったのかというと、礼という概念をアップデートするためだったと思います。仁なしの礼はやめておきなさい。仁という人間的なあり方に裏打ちされた形で礼を定義しないと、社会がおかしくなるというわけです。

孔子自身はかなり過激な人です。若い連中を連れて諸国を放浪しているわけです。その人が、新しい社会関係を構想する中で、仁というものを考え、それを礼の洗練と結びつけた。

私はこういう議論を、あらたな形での全体主義の台頭へ警鐘が鳴らされている今、現代的にやり直してもいいんじゃないかと思っているんです。

(構成:斎藤哲也/ライター)

中島 隆博 東京大学東洋文化研究所教授

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なかじま たかひろ / Takahiro Nakajima

1964年生まれ。専門は中国哲学、比較哲学。主な著書に『共生のプラクシス-国家と宗教』(東京大学出版会、2011年、和辻哲郎文化賞受賞)、『ヒューマニティーズ 哲学』(岩波書店、2009年)、『思想としての言語』(岩波書店、2017年)など。

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國分 功一郎 東京大学大学院総合文化研究科准教授

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こくぶん こういちろう / Koichiro Kokubun

1974年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専攻は哲学。東京大学大学院総合文化研究科准教授。おもな著作に『中動態の世界』(医学書院、小林秀雄賞受賞)など。

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