まず前提として、物事には「未知の事柄」と「既知の事柄」があります。
「未知の事柄」は、僕たちが学んだことも、聞いたこともないような、知らない事柄です。逆に「既知の事柄」は、僕たちがもう学んだことのある、聞いたことのある事柄です。
僕たちは未知の事柄を既知の事柄にしていくわけですが、ここで多くの人は、未知のことを未知のこととして処理してしまいます。つまり、勉強したときに「へえそうなんだ、知らなかった!」と考えてしまうわけです。
「え、それは当たり前じゃない?」と思う方もいるかもしれませんが、実は違うんです。
「知らないこと」の中にある「知ってること」を探す
「未知の事柄」とは言いますが、100%まるっきり、全部が全部、まったく聞いたことのない事柄だということはありえないんです。
例えば世界史を勉強していて、全然知らなかった戦争の話を聞いたとしても、「あ、きっかけは親子喧嘩なんだ。同性の親と子の仲が悪くなるというのは、昔も今も同じなんだなあ」というような感じで、自分の「既知の事柄」が何%かは混ざっているものなのです。
あるいは自分が触れたことのない未知の職業について書かれた本を読んだとしても、「やはり人間関係で悩んだりするのはどの職場でも同じなんだなあ」とか「あー、この話って、自分の仕事でも起こっている話だな」とか、そんなふうに既知の事柄が混ざるはずです。
東大生が優れているのは、この「未知の中から既知を見つける能力」なんです。何か新しいことを学ぶときに、自分が知っている事柄と結びつく部分をすぐに見つけて、そこを足掛かりにして勉強する能力が非常に高いのです。
例えば僕の友達に、世界史も日本史も非常に高い点数で東大に合格した人がいるのですが、彼に「歴史の勉強の秘訣」を聞いたらこんなことを語っていました。
「自分は漫画や小説、特に人間の感情に触れられる作品が好きだった。歴史を勉強していると、歴史って案外多くの要所で『あいつむかつく!』とか『こういうふうにしたい!』とか、そういう人間の感情が出てくるんだよね。だから、漫画と小説を読んでいたから、歴史が理解しやすくて、得意になったんだと思う」
逆に、勉強が勉強以外の事柄につながることもあります。僕の友達は東大に入ってからバドミントンを始めて、めちゃくちゃ上手になったのですが、その成功の秘訣を聞くとこんなふうに言っていました。
「バドミントンって、詰将棋と数学に似てるんだよね。相手が打たれたら嫌なポイントを探して、そのゴールに向けてシャトルを動かしていくって意味ではまんま詰将棋だし、そのゴール(=答え)までのプロセスを順番に組み立てていくって点で言えば、数学で答えを出すために数式を組み立てていく作業に似ているんだ」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら