臨月にコロナ感染した彼女の壮絶な出産体験記 まさかの事態に病院は特別態勢を組み対応した

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「どうして言ってくれなかったの!」とMさんは思ったが、もう、どうしようもない。

「お互い忙しくて、夫婦の会話が少なくなっていたと思います」

Mさんは、後になってそのことを何度悔やんだかわからない。ただ、今回のこの感染が防げることだったかどうかは、誰も答えることができないだろう。朝は大して気にもならず、息子と遊べるほどだった症状が、急速に悪化してしまったのだ。

間もなく、夫が少し前に飲食を共にした取引先が、感染していたことがわかった。

家族のPCR検査の結果は、まず夫が、次いでMさんが陽性と判明し、子どもは陰性というものだった。子どもの通園先の職員など、家族が接触していた人たちには陽性者が出なかったことがせめてもの幸いだった。

夫は自主隔離でホテルへ去り、子どもは義母に預けて、誰もいなくなった静かな家でMさんが1人待っていると、保健所が手配した迎えの車がやってきた。一般のコロナ患者と違ったのは、分娩準備用品や赤ちゃんの服が詰まった大きなバッグを抱えて車に乗ったことである。

行き先は京都府立医科大学附属病院の感染症病棟で、同病院の産婦人科が、妊婦としてのMさんの転院先となった。通い慣れ、信頼関係もできていた産科クリニックは、夫が濃厚接触者になった時点から立ち入ることができない場所になっていた。

通常分娩では難しく「予定帝王切開」に

報道で「感染中の出産は帝王切開」と聞いていたので予想はしていたが、入院すると、やはり通常分娩では難しいため、あらかじめ帝王切開と決めておく「予定帝王切開」が提案された。手術は怖かったけれど状況が状況だけに、Mさんにはそれを承諾することしかできなかった。

京都府立医大病院の産婦人科でMさんの担当医だった藁谷深洋子医師は「Mさんには感染防止に多大なご協力をいただいて感謝している」と言った。

「なぜ、こうなるの?と思っても口に出せず、我慢していただいた場面もあったのではないかと思います。ただ、私たちとしては、院内感染防止のためにはベストを尽くさなければなりませんでした」

Mさんがいちばんつらく、また京都府立医大の医師やスタッフも心が痛んだのは、出産後、親子が2週間もまったく会えないことだった。

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