「外国人労働者=苦労人」と思う日本人の誤解

異国の自由を謳歌するベトナム人たちの生き様

日本で働くベトナム人労働者の暮らしぶりに迫る(写真:Dragon Images/PIXTA)※画像はイメージ写真です
日本で働く外国人労働者と言えば「苦労人」「故郷に残した家族のため厳しい労働環境で働いている」などとイメージしがちだが、それは一面的な見方に過ぎない。新大久保で青春を謳歌するベトナム人・チャンさんの暮らしぶりを、室橋裕和氏による『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』より一部抜粋・再構成してお届けする。

日本で暮らすベトナム人というと、技能実習生が思い浮かぶ。工場や農業、漁業などに従事し、ときに日本人から手ひどい搾取や差別を受けているかわいそうな人たち……そんなイメージがある。これは日本側にもベトナム側にも大きな問題があり、ひと口で言えるような話ではないのだが、それはさておき東京に、新大久保には彼ら実習生は少ない。実習生たちが働いているのは、工場や農地、漁港などのある地方だ。都内に暮らしているベトナム人の主力は、留学生なのである。

とくに新宿区は、新大久保から高田馬場にかけての一帯に、日本語学校や、外国人を受け入れている専門学校が密集する。一説によれば、そのルーツは1935年(昭和10年)にさかのぼるという。新大久保に近い歌舞伎町に「国際学友会」という施設がつくられ、留学生の受け入れをはじめたのだ(後に北新宿に移転)。

なぜ新大久保に外国人留学生が集まるのか?

さらに1983年(昭和58年)には、かの中曽根康弘首相が「21世紀には10万人の留学生を受け入れる国にする」とブチ上げた。彼ら留学生が日本で学んだ後に、母国との強いパイプになり、グローバル化しつつある社会の先導役になる……そんなことを期待したらしい。フランスはじめ欧米諸国を見習っての政策だったが、これを受けて新大久保周辺には日本語学校が急増する。国際学友会という先達があったからだ。「10万人計画」は2003年に実現するが、これをきっかけに新大久保周辺には外国人対象の学校や、彼らが暮らす寮がどんどん増えていったらしい。

いまではすっかり学生の街だ。最も賑わうのは夕方だろう。授業を終えて、アルバイトへと向かう若い留学生たちでごった返す。その顔ぶれは多彩だ。中国、東南アジア、南アジア、アフリカ……ある者は居酒屋へ、ある者はコンビニへ。ホテルの清掃だとか、スーパーマーケッ ト、ファストフードなど、都内で出会う外国人の労働者は、かなりの部分が彼ら留学生なのだ。

そんな留学生の中でも、ベトナム人が集まってくるカフェが新大久保にはある。西大久保公園の正門がある狭い通りを、少し北に歩くと見えてくるカラフルな建物。レンガ調の壁に、紅白の看板、色とりどりの椅子とテーブル。この寒い時期でも、週末になれば外の席にまでたくさんのベトナム人があふれ、賑やかなのだ。気になっていた。

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