「全員が内田篤人になれない」引退J選手の現実 アスリートの「働き方改革」は加速していくか
8月23日のJ1・鹿島アントラーズ対ガンバ大阪戦で現役を引退した元日本代表の内田篤人(32)さんが、日本サッカー協会の「ロールモデルコーチ」として新たな一歩を踏み出したことが話題になった。
日の丸を背負って2007年U−20ワールドカップ(W杯=カナダ)、2008年北京五輪、2010年南アフリカ・2014年ブラジル両W杯に出場し、シャルケ時代にはUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)ベスト4の大舞台に立った高度な経験値を後進の育成に生かしてほしいという協会側のオファーに、本人が応えた形だ。
9月14〜16日に千葉・幕張のJFA夢フィールドで行われたU−19日本代表合宿で指導者デビューを飾った彼は「世界を目指すならもっと要求しなきゃダメだ」と若手に檄を飛ばすなど、さっそく存在感を示していた。
このように、引退直後のサッカー選手に第2の人生が用意されるのは稀有な例。そもそもJリーガーの場合、平均引退年齢は25〜26歳。加入から10年現役を続けられる者は非常に少ない。
引退後の選手を待ち受ける現実
キャリア終了の瞬間から次の人生を模索せざるをえなくなるが、大学生の就職活動と同様、道のりは険しい。内田さんのような有名人は指導者や解説者、タレントといった陽の当たる道を歩めるだろうが、それはほんのひと握りだ。
Jクラブのスタッフやスカウトなど現場に近いところで働いたり、自ら町クラブを起こしたり、学校の教員や事務職員になって指導を続けるなど、サッカー関連の仕事に就ける人はまだ恵まれているほう。
スペイン・バルセロナでうどん店を経営する石塚啓次さん(46)、大分市議会議員になった高松大樹さん(39)といった転身例もあるように、大半はまったく別の生き方を見出す必要に迫られるのだ。
とはいえ、子どものころからボールを蹴ることに邁進してきた選手たちは、学生時代のアルバイト経験さえないケースが少なくない。
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