アマルティア・センの語ったこと 国立民族学博物館名誉教授・佐々木高明氏①

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ささき・こうめい 1929年、大阪府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。立命館大学助教授、奈良女子大学教授、国立民族学博物館教授、同館長を経て、同館名誉教授。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長も務めた。専攻は民族学。

私は異端の学説から出発した民族学者です。「日本文化は一つのもので、日本人は単一民族だ」という考え方にずっと異論を唱えてきました。

『稲作以前』という本を著したのは1971年。日本文化は稲作文化だとする当時の学界の常識に反し、「縄文時代にも非稲作文化があった」という仮説を発表し、考古学者などから、ずいぶん批判されました。

しかし、その後、私の説を裏付ける遺物が次々に発見され、私の説の正しいことが証明されました。私は梅棹忠夫さんに続く2代目の国立民族学博物館の館長にもなりました。

日本では最近、地方分権ということがやかましく言われています。昨年は政権交代があり、「地域主権」が現実味を帯びています。

ところが、明治維新で廃藩置県が行われる以前は、幕藩体制で地方分権でした。各藩が裁判権を持ち、通貨も持っていました。その地方分権を必死になって潰し、近代統一国家を作ってきたのが明治以後の日本です。

日本の文化は単一ではない

標準語を作り、義務教育制を施行し、近代的な軍隊を作りました。そして明治27~28(1894~95)年の日清戦争の頃に、日本人というナショナル・アイデンティティが出来上がりました。わずか30年ほどの間の変貌でした。

近代化は西欧化であり、市場主義や民主主義が急激に進められました。けれども、こうしたヨーロッパ的な価値が普遍的なもので、それで世界を統一できるというのは大間違いです。

今、グローバリゼーションによって、国や民族の枠を超えて経済や文化がつながる流れが強まっています。このことは多くの問題を引き起こしています。

インドのノーベル賞経済学者、アマルティア・センは、相互扶助組織が消え、それに代わる社会保障制度が整わない国に市場原理が導入されると、貧困と飢餓が促進されると言っています。インドの農村にはそのようなところがたくさんあります。

日本国内でも最近では同じように格差が拡大しています。伝統的な社会の組織が崩れ、多様な文化の生み出す豊かな価値観が失われる中で、市場主義、グローバリゼーションという一つの価値観で社会や文化が動かされていくのは、大変危険です。

だからこそ今、「日本の文化は単一ではない」という、日本文化の多様性を認識することが、非常に重要だと考えているのです。日本にはもともと多様な文化があるのだということを、次回以降お話ししていくことにします。

週刊東洋経済編集部
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