興味深いのは、この「未練進行」が、ここ最近に多用され始めた今風のコード進行ではなく、実は、しばらく前から既に、日本で偏愛されていたことである。
フロンソワ・デュポワというフランス人のマリンバソリスト/作曲家が書いた『作曲の科学』(講談社ブルーバックス)という本は、この「未練進行」を「日本でひんぱんに使われているコード進行」「日本で人気の王道コード」としている。
また同書では、その例として『オリビアを聴きながら』『いとしのエリー』『LOVEマシーン』『瞳をとじて』『シーズン・イン・ザ・サン』『世界でいちばん熱い夏』『さくら』『ロビンソン』『大迷惑』『夢で逢えたら』を挙げている。
「未練進行」が「日本でひんぱんに使われているコード進行」となったのは、このラインナップを見る限り、1979年リリースのサザンオールスターズ『いとしのエリー』(「♪笑ってもっとBaby? むじゃきにon my mind」)や、(このラインナップには無いが)荒井由実『卒業写真』(「♪人ごみに流されて」)の影響が大きいと思うのだが。
古今東西変わらぬ日本人の音楽ニーズ
話を戻すと、YOASOBIという新進気鋭の音楽家が、実は「日本でひんぱんに使われているコード進行」を多用している点が、私にとっては、実に興味深いのである。
YOASOBIの「クロスカルチャー性」、加えてTiktokに代表される、極めて現代的なタッチポイントにおける「参加」性・「共感」性の陰に、日本人が長く愛し続けた「未練進行」のセンチメンタリズムがあった!
言い換えると、YOASOBIならではの「特異な音楽的構造」とは、実は、今風の珍奇なものではなく、むしろ日本人のど真ん中音楽ニーズとしてのセンチメンタリズムを捕らえる、極めてオーソドックスな音楽的構造だったのだ。
以上、努めて客観的に書いてきたが、かくいう53歳の音楽評論家である私も、『あの夢をなぞって』のサビ、「♪もうちょっと どうか変わらないで」からの「未練進行」で胸がキューンとなることを、恥ずかしながら白状したい。
「未練進行」×ikuraの透明感ある声の組み合わせは、それほどまでにセンチメンタルで、かつ汎用的な魅力を持つのである。YOASOBIは今年上半期のブライテスト・ホープであり、センチメンタリスト・ホープでもある。
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