5月31日。競馬の祭典日本ダービーも無観客だった。
すべてのホースマンが目標とする舞台に馬主や生産者の姿がない。いつもなら昼休みにウイナーズサークルで華やかな雰囲気の中で出場騎手紹介が行われる。今年はパドックでソーシャルディスタンスを取って騎手18人が並んだ。ひとりひとりが紹介を受けると神妙な表情で頭を下げた。日本騎手クラブ会長の武豊騎手は「我々ホースマンにとって頂点であるダービーというレースで、少しでも元気や勇気を与えられるように、多くの方々に感謝の気持ちを込めて騎乗したい。いいレースをお届けします」と決意を述べた。
そんな中でたったひとり、両手を上げて笑顔を見せた騎手がいた。福島県二本松市出身の田辺裕信騎手だ。大外18番のウインカーネリアンに騎乗したため最後の紹介となった。ダービーのレース後に電話であのときの心境を真っ先に聞いた。
「指示されていたわけじゃないけど、みんな真面目な顔で頭を下げていたからね。競馬のお祭りだから見ている人に楽しさを届けたかった」
普段から笑顔の絶えない田辺騎手だが、最後に彼が手を振って笑ってくれたことで、筆者は見ていて何となくホッとした。笑顔を見せた理由も想像通りだった。「来年はお客さんが入ってダービーができるといいよね」。筆者もそう思う。田辺騎手の笑顔に何か救われたような気持ちになった。
強すぎた主役コントレイル
ビターエンダーに騎乗した津村明秀騎手は神妙に頭を下げたひとりだ。デビュー17年目でダービーは初騎乗。5月9日にトライアルのプリンシパルSを勝ってダービーの優先出走権を獲得した。しかし、翌10日の東京9Rで落馬し負傷。左前腕部の骨挫傷と診断された。2週間休養し何とかダービーに間に合わせた。
「普段と違ったしダービーという雰囲気はあまり感じなかった。左腕はテーピングしていたし少し痛みもあった。自分のことで精いっぱいだったし楽しむ余裕はなかった」と振り返った。結果は10着。「スタート直後につまずいて考えていたような前に行く競馬ができなかった」と残念そうに振り返った。それでも「ダービーに乗れてよかった。今度はお客さんが入っているダービーにあらためて乗りたい」と前を向いた。それぞれにそれぞれのダービーがある。
ダービーの主役は皐月賞馬コントレイルだった。皐月賞はサリオスとの無敗のGⅠ馬対決が注目された。最内で後手を踏み苦しい競馬になったが、ライバルのサリオスとのマッチレースを制した。福永祐一騎手は父の福永洋一元騎手が果たせなかったクラシック完全制覇を達成した。
ダービーでは2005年の父ディープインパクト以来の無敗の2冠が懸かっていた。今回はスタートを決めると折り合って前で流れに乗った。直線に入っても手応えは絶好。ライバルのサリオスが外から迫ろうとしたところで、軽く気合を付けると一気に突き放した。終わってみれば3馬身差の圧勝。無敗の2冠制覇はディープインパクト以来15年ぶり7頭目。
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