「人権のイデオロギー化」が招く地政学的危機 正義よりも共感による対話の制度的枠組みを

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しかしこの申請資料「日本軍『慰安婦』の声」は、強制連行の事実誤認の文書を含み、元慰安婦の「声」よりも、運動体による日本糾弾の「主張」の意味合いが大きく、和解に導くような形での過去の記憶とはなりえない。

結局、日韓慰安婦問題の場合、元慰安婦の人権救済は、人権のイデオロギー化により、多くの元慰安婦の沈黙を招き、日韓関係の悪化につながり、それは日韓の安全保障協力をも阻害した。

共感を伴う対話

イデオロギー化した人権がもたらす状況は、共感と対話の不在である。それは、強い被害者意識や正義感は、現実社会の中で、相手の状況を理解し、そして実効的に人権を保護してゆく視点を見失い、異論を受け付けず、政策的妥協をも拒む。

しかし、人権救済は、社会の現実の中で行われるものであり、複雑な諸要素の中で、新たな対立や抑圧を回避する責任も伴う。異なる立場を調整し、同じ過ちを繰り返さない、かつ安定した関係を築く責任である。その結果責任をもたらすべく、政策的妥協と均衡による政治的賢明さを兼ね備えた政策が必要となる。そのためには、一方的な主張の応酬ではなく、共感を伴う対話が必要となる。

共感を伴う対話は、相手を理解し、交渉による問題解決ができる関係への道であり、必ずしも和解を前提としない。対話を通じて、もし信頼関係が生じてくれば、次の段階として自我の相互影響や相互形成、そして和解が生じるだろう。

共感は、同情と違い、相手の立場に立って想像力と知性をもって相手の置かれた状況を理解する姿勢である。そこでは自己の立場を客観視できること、つまり自己の理解も必要となる。

人権がイデオロギー化している中で対話を始めることは、難しいだろう。特に、当事者が人権救済の主張を、虚構や政治的アジェンダの「正当化」ではなく、強い被害者意識からくる「正義」として捉えている場合に難しくなるであろう。

例えば、慰安婦問題や徴用工問題は、多くの日本人にとっては、法的解決した事項を人権問題として蒸し返す反日の主張である一方で、多くの韓国人は、それらを日本の朝鮮植民地支配に起因する「正義」の問題となっている。

被害者と加害者という構図の相互不信も対話を妨げうる。被害者側は、被害者ゆえの道徳的優位を対話により失うことを恐れがちで、加害者側は、被害者による道徳的優位の濫用と辱めに警戒することもあるのだ。

であるからこそ、自発的な対話のみならず、共感を伴う対話の制度的枠組みが必要となる。多様な参加者が自由に対話することは、イデオロギー化された人権の主張を相対化しうる。また、対話がもたらしうる新しいアイデンティティー創出の可能性が、被害者意識に基づくアイデンティティーの喪失という恐怖心を払拭しうる。

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