船橋:イギリスはどうですか。
細谷:基本的には同じだと思います。イギリスもさまざまな形でEUに依存していました。例えば、アイルランド和平ではEUから財政的支援を受けたこともまた、安定化の基礎となっていたのです。コロナ感染者の致死率が突出するイギリスが今後経済的困難に直面するのは必至で、そのとき頼りにできるのは、アメリカでもコモンウェルスのカナダやオーストラリアでもなく、本来であればEUであったはずです。
ただ、流動性はあります。ジョンソン現政権はイギリス史上で極端に右傾化した、反EU的な政権です。当面、現政権がEUに歩み寄る可能性は低く、さらに経済的困窮に追い込まれる可能性は高いと思われます。そのとき、ジョンソンが協力を求めるのは、日本や中国にならざるをえないのではないでしょうか。ですが、かつて自らが半植民地化していた中国からの支援に依存することを、はたしてイギリス国民が謙虚に受け入れるとは思えません。ですので、現政権が反EU的政策を貫けば、プラグマティックな国民の支持は少しずつ離れていくのではないでしょうか。
ドイツは最後の砦とならない――後退する国際協調
船橋:結局はEUが、実質的にはドイツが最後の頼みの綱ということですが、ドイツがその役割を果たさなければ、欧州の未来は暗いということになりますね。
細谷:結論を先に申し上げると、今般の状況の中で、ドイツがコストを担って最後の砦としての役割を果たす可能性は小さいと考えます。それは、一国主義に傾くアメリカが国際社会で指導的役割を果たす可能性が小さいのと、ある程度相似した状況です。
世界的な危機の後の新しい国際秩序を考えるとき、参考になるのは第1次、第2次世界大戦後の世界秩序です。世界戦争の後の世界では、ナショナリズムへの反省が根底にあり、それが国際協調の流れを促しました。
ところが、戦後75年を経てそのような意識は薄まりつつあります。むしろ、ドイツでも日本でもナショナリズムは強まりつつあります。加えて、トランプ登場後のアメリカの自国中心主義への傾斜は、まるで「ウイルス」のように各国に伝播し始めています。そのような状況にあっては、メルケル首相であっても痛みを伴うような形でのEUへのさらなる財政的な貢献は難しいと思います。メルケルが引退し、政権が代われば、さらに可能性は低くなります。
その意味では、同じ危機でも、戦争とコロナ危機は、ナショナリズムとの関係で大きく違います。2度の世界戦争後には一定程度ナショナリズム抑制に向かいましたが、ポストコロナの世界では逆に、その高揚に向かう可能性があります。結果、国際協調の枠組みは後退し、EUの統治システム自体が困難に直面するかもしれません。
船橋:国連の問題も考えたいと思います。国連は戦後の国際秩序に重要な役割を果たしました。その国連機関の一つであるWHOがコロナ対応で批判を浴びています。中国に強い影響を受け、公平性や中立性に欠けるという批判です。トランプ大統領は拠出金の停止を指示し、中国が32億円の拠出増を発表するという事態に立ち至っています。
実際、2013年の習近平国家主席の誕生以降、中国はWHOに限らず国際機関への影響力を強めています。国連25機関の4機関でトップを占めています。中国は、アメリカ主導の戦後の国際秩序のうち中国にとって望ましくない日米同盟などはくさびを打ち込み、弱めようとしていますが、中国が安保理常任理事国として既得権益を持っている国連はいまやもっと使い勝手のいい形にしようということで、この面ではあきらかに現状維持国家です。中国が弱みを持っている保健や人権や知財権などでは防御戦のためにもこれらの機関のポストをおさえようという作戦であるように見えます。
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