「ポストコロナ」米中いずれも勝者になれない訳 「それ以外の世界」が新秩序のカギを握る

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細谷:ご指摘の通り、感染症対策では、人命と人権が天秤にかけられてしまう場面が生じます。そのため、国家主権が強大な中国のような国では迅速かつ徹底した対応能力が発揮され、他方、人権を重視し私権の制限に抵抗感の強い欧州やアメリカでは初動が遅れたという結果を招きました。欧州の大変な混乱はそのような価値観を背景の一つとしていますが、欧州固有の背景もあると思います。それはEUです。

EUという統治体の本質の一つとして、「補完性の原理」という重要な理念があります。各国政府とEUが、それぞれ最適な領域において統治するという原理です。換言すると、EUと加盟国政府が補完し合い問題を解決していくシステムで、「共同決定手続き」という政策決定にも現れています。

コロナ危機では、そのシステム自体が問題を露呈させたのだと思います。緊急事態ですから、第一義的には国家が対応すべきですが、各国政府に初動で迷いが生じ混乱が起きました。例えば、深刻な状況に追い込まれ救済を求めたイタリアに対し、ドイツもEUも手を差し出すことを拒みました。イタリアには失望と不信が生まれました。その後、政策を転換して、ドイツもEUも感染拡大国の積極救済に転じ、さらにフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長はイタリアやスペインに率直に謝罪しました。初動の混乱は、緊急事態におけるヨーロッパの問題を明瞭に露呈させました。

20世紀ドイツの思想家カール・シュミットは、非常事態においてこそ国家主権は剥き出しに表出すると言いました。とはいえ、各国政府とEUが共同で統治し、国家の権能が一定程度制限されている特殊な統治体制にある欧州では、ビフォー・コロナの時代には、国家主権が剥き出しになることへの強い抵抗感が醸成されました。例えば、シリア内戦後に欧州に難民が押し寄せてきた難民危機の際には、国境を閉鎖する、つまり国家主権を剥き出しにすることに対し大変な反発がありました。結果、EU加盟国政府の一部は、国家としての危機対処能力を鍛えることを忘れ、EUや他国に依存する体質が生まれました。

緊急事態においてEU各国の利害調整が麻痺

ところが、今回は、ドイツをはじめとする多くの国は躊躇なく国境を閉ざし、初期の段階では他国への支援を行う余裕がありませんでした。国家主権を剥き出しにしたわけです。が、危機対処能力を鍛えてこなかった国々は――医療が早い段階で崩壊してしまったイタリアはその典型ですが――コロナの前になす術がありませんでした。これが、今回のような緊急事態が発生した際に、迅速な行動がとりにくく、各国の利害の調整が麻痺してしまうような、二元統治構造にあるEUの課題だと思います。

船橋:イタリアの世論調査では、昨年11月に47%だったEU不支持率が現在、67%に上昇しているようです。

細谷:イタリアの反EU感情は、日本国内の反米感情とある意味では似たところがあると感じています。つまり、自らの脆弱性から、他者へと依存せざるをえない現実に対する感情的な反発です。復興のため、イタリアはEU、実質的にはドイツへの財政的な依存を高めざるをえませんが、世論の反発は強い。今後のイタリアで反EU的なポピュリズムが勝つのか、合理的な判断をしてEU内での協力の意義を再確認する指導者が現れるのか。それによって、イタリアとEUの関係は大きく変化すると思います。

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