「批判回避」が巨大な「機会損失」を生み出す理由 「減点主義」を有事に持ち込んではいけない
私が在籍する慶應ビジネススクールでも、当面は遠隔授業を余儀なくされている。当校の授業の中心は講義ではなくケースディスカッションなので、遠隔でできるのかと当初は教員の間でも不安が多かった。しかし、やってみると結構できるということがわかった。だとすれば、「教室に来て、フェースツーフェースで議論をする価値とは何か」という、これまで当然と思っていた点について、より本質を考える契機となった。
今の機会損失を最小化するとは、「今までやってきたことを続ける」のではなく、本来の優先順位を見直し「何をするべきか」をしっかりと考えて行うことに尽きる。コロナ問題が収束したときに、自分は、自社は何を目指していきたいのかについて想像力を働かせ、そのときに備えてやるべきことは何かを考えることである。
「あのときに時間があったのに、なぜやっておかなかったのだろう」と思わないようにしたい。外出ができなくなって、「あれをしておけばよかった」と思った人も多いだろう。「いつか」とか、「時間ができたとき」にやるのでは遅い。
そのためにはニュースやSNSの曖昧なニュースで右往左往しない。つまり、「何をしないか」を決めることがまず必要である。そして、将来については、外部的な危機を待つのではなく、「当たり前」や「慣性」を見直すことのできる環境を自ら作り出すことも考えたい。
「ストックデールの逆説」
世界的ベストセラー『Good to Great』(邦題『ビジョナリーカンパニー2)』に、ベトナム戦争で7年間の捕虜生活を経て復帰した副提督の名を取った「ストックデールの逆説」が出てくる。
長い捕虜生活に耐えられたのは、「過酷な現実を直視しながら、しかし、絶対に助かるという希望を捨てない者」だという。一方、「◯◯までには解放されるだろう」と言っていた「楽観者」は、その見込みが外れるたびに失望し、心が折れて死んでいった。
「どんな危機も、もっと悪くなると思え」と言ったのはジャック・ウェルチだが、その前提は、「この危機を何としても乗り切って、もっといい会社になることができる」という強い信念に基づいた未来への想像力だったと思われる。
毎日悪いニュースばかりを聞いていると、不確実でも前向きなニュース「◯◯が効きそうだ」でも気持ちが明るくなるが、それがぬか喜びで終わることが少なくない。その時間、エネルギーをもし将来への備えに使うことができれば、将来的に大きな差別化の要因になるだろう。
コントロールできないことは、「希望的観測」や曖昧なニュースに一喜一憂するのではなく、現実を淡々と受け止める、そして、コントロールできることには期限を決めるなど優先順位を明確にして取り組む。コロナが収束したときに、それができたかどうかは個人でも企業でも国でも、大きな差となって現れるだろう。
「現実直視の共有」と「想像力」が今こそ求められ、そして、役に立つときはないと思われる。あなたの1番ピンは何ですか?
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