ニューヨークのブルックリン・ホスピタル・センターで、救命医療を担当するジョシュア・ローゼンバーグ医師が通り過ぎる病室のドアのほぼすべてに、入室には個人防護具の着用が必須であることを告げる蛍光色のステッカーが貼られていた。ステッカーの多くには手書きで「COVID」と記されている。
職員は一部の人工呼吸器から操作パネルを取り外していた。できるだけ病室の外から人工呼吸器の設定を調整し、ウイルスにさらされるのを防ぐためだ。点滴投与薬を注入するポンプにも看護師が似たような改変を加えていた。付け足された延長用のチューブは床を伝い、廊下まで伸びていた。
「清潔なマスクだ。大事に使おう」
治療の準備をする医療従事者があわただしく病室を出入りする。「つまずかないように気をつけて!」 ローゼンバーグ医師は同僚に注意した。そして、すぐに同じ注意を繰り返す。「つまずかないように気をつけて!」
ある患者の容態が急変したときのことだ。「清潔なマスクだ。大事に使おう。貴重品だぞ」。ローゼンバーグ医師はそう言って、病室に入室する職員にマスクと顔面を保護するフェイスシールドを手渡した。自身は滅菌ガウンとスキー用のゴーグルを装着する。スキー用のゴーグルを好んで使っているのは、曇りにくいからだ。医師は患者のバイタルサインをより正確に把握するため、動脈に細いチューブを挿入した。病室で患者と密接して行う治療では、感染のリスクがもっとも高くなる。
暗澹たる状況の中、ローゼンバーグ医師は努めて前向きな雰囲気を保ち、職員の士気が落ちないように気を配っていた。オフィスのコーヒーマシンで入れたエスプレッソが彼のエネルギー源だ。同僚と親しげに会話し、説明にスポーツの例え話を入れてみたり、ときには職員の家族がうまくストレスに対処できているか尋ねたりした。危機の真っただ中にありながらも、研修医には患者の治療方針を真剣に考えさせる質問を投げかけていた。
教えるのが苦だったことはない。ウェズリアン大学では科学を専攻し、学費を節約するために3年で学位を取得した。今は閉校してしまったNYハーレムのクワイア・アカデミーで1年生に科学を教えたこともある。少年合唱団で有名な学校だ。その後、イスラエルの医学校に進学。現在はニューヨークに戻り、妻と2人の娘と暮らしている。
ローゼンバーグ医師のチームは、ある患者の容体を確認した。「カクテル療法」として、抗生物質のアジスロマイシンと、トランプ大統領が効くかもしれないと主張している抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを投与している患者の1人だ。
ローゼンバーグ医師は、この組み合わせを「ひょっとすると、ひょっとすると効くかもしれないカクテル」と呼ぶ。なぜなら、この組み合わせが有効であることを示唆する研究はごく少数にとどまっているからだ。それでも医師らは、患者の入院初期からこの組み合わせでの投薬を積極的に行っている。患者の肺が損傷して人工呼吸器を必要とする状態に陥るのを防げるかもしれない。そんな可能性にかけているのだ。