「役に立つ力」ばかり研ぎ澄ます日本企業の盲点 山口周×水野学「今必要とされる価値は何か」
水野:僕が日々接しているメーカーが直面しているのは、まさにそこですね。便利なものはもうあって、これ以上便利にしようがないので、壁にぶち当たっている。
山口:さらに言えば「役に立つものを追求しすぎると役に立たなくなる」ということもあると思うんですね。うちのテレビのリモコン、ボタンが65個あるんですよ。いずれ100個ぐらいになると思いますけど(笑)、いらない機能を増やすために仕事をやっている側面があります。
家族に聞いてみると「普段使うボタンは4つしかない」というんですね。つまりボタンの数が10個くらいになったときから、もうユーザーはメリットを感じなくなっているわけです。メリットを感じない以上、払おうとするお金も増えません。
しかしボタンが増えるごとにコストは必ず増えます。こんなことを続けていればやがては利益ゼロの損益分岐点に到達することになります。
現代の日本の家電産業の損益計算書を確認してみると営業利益で数%しかあげられていません。顧客が価値だと感じていないことにコストをかけているわけですから当たり前です。ボタンが65個あるリモコンは低収益へと至るジレンマの象徴なんですよ。
水野:努力する方向性が間違っているということですね。
山口:これは「労働生産性の低さ」にも関わる問題です。日本人の平均労働時間はおよそ1700時間でドイツの1300時間と比較すると400時間ほど多い。一方で1人当たりのGDPは日本の3.9万ドルに対してドイツは5万ドルに近いです。結果的に非常に労働生産性が低くて、その順位はアメリカやドイツにはもちろんのこと、スペインやイタリアよりも低くなっています。
そういうときの会社としての戦略は、2つの価値のうちどちらを選ぶかです。「役に立つという価値」か「意味があるという価値」の二者択一です。
日本企業はずっと「役に立つという価値」で戦ってきたけれど、「役に立つという価値」は過剰になってしまい、「意味があるという価値」が希少になった。つまり、「意味がある」こそ価値がある時代に変わったのです。
文明がある程度まで進むと、文化が後追いする
水野:そうですね。15世紀半ばから大航海時代が始まって、まずは文明が進んだ。かつてなかった距離を移動できるようになったり、便利さや機能が優位になったんです。そうした文明がある程度まで進むと、文化が後追いする。
そこで16世紀になるとルネサンスが起きています。日本では同時期に安土桃山文化が花開いて、世界規模で文化の時代になったんでしょうね。
文化の時代が長らくゆったりと続いたあとで起こったのが、18世紀後半の産業革命。
山口:完全に近代化する、文明の大革命ですね。
水野:そのあと文化の揺り戻しとしてアーツ・アンド・クラフツ運動が興って、それは今でもゆるやかに続いていると思います。文明がまず進んで、それを文化が後追いして広がる。歴史がその繰り返しだとしたら、今は次の革命というタイミングです。
これを第3次産業革命という人もいれば、第4次という人も、デジタル革命と呼ぶ人もいて、いろんな言い方がありますが、僕は「網業(もうぎょう)革命」と呼んでいます。網の業、つまりネットレボリューションです。ウェブの登場で「文明」がギューンと伸びて、伸び切りつつあるから、そろそろ「文化」の出番になってきているんじゃないかと思います。