国語の「読解が甘い子」が激変する具体的な方法 臨時休校は、国語力を伸ばす最良の機会だ

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次の文章を読んで、あとの問題に答えなさい。

時計屋の嘆声に気を良くした私は、鼻の穴をふくらませて、言わなくてもいいせりふを口にした。

「悪いものではないと聞きました」

返ってきたのは①苦笑いだった。痩せた体のわりに太い指で文字盤のメーカー名を撫ぜて、診察の結果を告げる医師のように言う。

「当時は高級っていえば高級だったんだろうけど。まぁ、ミーハー時計だね。スイス製ってことになっていますが、実際はブラジルの工場でつくってたんだ」

②使っていたのがどんな人間かは、時計を見ればわかる、とでも言いたげだった。死んだ後も、息子の私にも、わからないのに。時計に対する知識と愛情は豊富だが、人への接し方は下手な人であるようだ。私が気分を害していることには気づいていない。

「父の形見なんです」

針をしこんだ私の言葉にも悪びれるふうもなく、「ああ、それはそれは」と言っただけだった。

とはいえ四十年前の機械式時計は、彼の職人魂のネジを巻き上げたようだった。作業机に父の時計を持っていき、万年筆のペン先がヘラになったような工具で蓋を開ける。私はカウンター越しに作業を覗きこんだ。腕時計の中では大小の歯車が幾何学模様を描いていた。ミニチュアの工場のようだった。

単眼鏡をはめこんだ横顔のしわが深くなる。私は訊いた。「直りますか」

私の顔を見ず、時計に話しかけるように答えてきた。

「ああ、ここのネジがおしゃかになっちまったんだな。ちょっと待ってください。うち同じタイプのネジが残ってるかもしれない」

頼もしい言葉。愛想のなさが、急に職人的美徳に思えてきた。

時計屋が振り子時計の壁の左手に消えた。奥が住居になっているようだ。ドアのない出入り口にはビーズの暖簾が下がっている。こいつもそうとうの年代物。奥さんの趣味なのか、ビーズは桜貝のかたちをしているが、すっかり色褪せて、桜色というより灰色になっていた。

作業机の先の壁にも時計が並べてある。大きさも種類もさまざまで、どれもこれも時代がかったものばかり。ここだけ見ればアンティークショップのようだった。

こちらの壁の真ん中には、柱時計。赤茶色で、縁が浮かし彫りで飾られている大きな時計だ。下半分、振り子のところにはガラスがはめられ、『鈴宝堂』という金文字が横書きされていた。

柱時計の隣に、天辺に木彫りの鹿の頭が飛び出した、凝ったデザインの壁掛け時計。その下には置き時計がいくつか。値札はつけられていない。店の由緒を示すディスプレイなのか、店主の個人的なコレクションなのか。特別貴重な品とも思えないが、どの時計もきちんと手入れされていて、木も金具も、ガラスやプラスチックも、古いなりに艶やかに光っている。正面の振り子時計が埃をかぶっているのとは大違いだ。

【荻原浩「時のない時計」(『海の見える理髪店』)〈集英社〉所収】
(出題:東京学芸大学付属世田谷中学校 2017年)

会話から登場人物の気持ちと性格を読み取る

【問1】――部①「苦笑い」とあるが、このような動作につながる理由としてもっとも適切なものを選び、記号で答えなさい。

ア)言わなくてもいい言葉を発した「私」に対し、その行動が時計の価値を低めてしまうと考えたから
イ)嘆声の意味を大きくとらえた「私」が抱いている自信ほどには、その時計の価値は高いといえないから
ウ)時計屋自身とは違い、自分の持ち物についても大きな自信を抱いている「私」に対してある種の羨望を抱いたから
エ)「私」の発した言葉の返答に困り、「私」の自信を後押ししてしまった自分の行動を悔いているから

【問2】――部②「使っていたのがどんな人間かは、時計を見ればわかる」とあるが、「私」は時計屋が父をどのような人物として受け止めたと考えたか。もっとも適切なものを選び、記号で答えなさい。

ア)価格と価値のバランスをとりながら、実用性を優先させる人物
イ)経験的に物事の本質を価値付けながら、流行も追い続ける人物
ウ)自らの道を追い求めながら、世の中の動向には流されない人物
エ)表面的な事柄にはこだわりながら、内実を見極めきれない人物
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