埼玉スタジアムのサブグラウンドで行われた初練習において、記者から声をかけられても本田は立ち止まらず、そのままバスに乗り込んだ。このスタイルを、W杯の大会中ずっと貫いた。
もともと本田は、日本代表で最もミックスゾーンで長く話す選手のひとりで、オランダのフェンロの試合後は椅子に座りながら質問に答えていた。それゆえに2010年W杯の直前に口を閉ざしたのは、メディアにとっては大きな驚きだった。
なぜ本田は、メディアにあまり話さなくなったのだろう?
その理由と背景については、2010年8月の『Number』760号に掲載された記事「本田圭佑・革命児の美学」に集約されている。『Number』の本田直撃シリーズの第1回であり、自分にとっても忘れられない仕事のひとつだ。そこからエッセンスを抽出し、あらためて現在の視点で分析すると、4つの理由が浮かび上がってくる。
勝負の前に勝負は決まる
ひとつ目の理由は、「イメージトレーニングの邪魔をされたくない」というものだ。 本田は試合に向けて、とことんイメージトレーニングを繰り返すのを、自分だけの勝利の方程式にしている。対戦相手を頭に思い浮かべ、「自分」と「敵」をイメージの中で戦わせるのだ。
2010年1月にフェンロからCSKAにステップアップすると、これをさらに進化させていく。試合2日前からチームメートとの会話までをも少なくして、集中を高めていくのだ。その結果、チャンピオンズリーグ(CL)という大舞台で、スペインのセビージャ相手にFKを決めることができた。
そうなると、邪魔になるのが取材対応である。
メディアの取材に応じると、せっかく作り上げた映像に、別のイメージが入り込んでしまう。そこで本田は試合2日前から、取材を制限するようになった。
2010年W杯後、本田はこう説明した(『Number』760号より)。
「オレの中では準備がすべてやから。オレの中では、勝負の前に、だいたい勝負は決まっている。だから実際に勝てると思っているときは勝てるしね。点を入れると思っているときは、ほとんど入れている。ロシアリーグの開幕戦もそう、CLのセビージャ戦の決勝ゴールもそう、カメルーン戦もそう、デンマーク戦もそう。岡崎のゴール(をアシストしたの)もそう」
「(初戦の)カメルーン戦後は、勝った瞬間に(第2戦の)オランダ戦のことが思い浮かんでたんですよね。でも、みなさんはカメルーン戦のことを聞きたがるでしょうから、その時点でもうボクとイメージが違う。イメージが違う場合にしゃべるとよくないからね。オレの意図をしゃべっても、メディアが持って行きたい方向に強引に持っていくなら、やっぱりしゃべりたくないなと思いますね。試合が終わった時点で、次の試合に向けての準備が始まっているんです」
この方法論は今なお進化中で、試合2日前になってもピリピリしたオーラは出さなくなった。おそらく意識しないでも、自然にスイッチが入るようになったのだろう。とはいえ、雑音を排除するため、試合の2日前からは、よほどのことがないかぎり、取材に応じない。
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