「無痛分娩」には一体どれだけの危険が伴うのか その産科が麻酔をしっかりとやれるかが焦点だ

✎ 1〜 ✎ 7 ✎ 8 ✎ 9 ✎ 最新
拡大
縮小

「麻酔科医が産科医療チームに加われば、そのチームはグッと危機に強くなる。いつしか日本でも、こんな体制をつくれたら」。照井さんは3年間の研修ののち、産科麻酔の普及という夢を持って日本へ帰ってきた。

ほどなくして、「新しい総合周産期母子医療センターで妊婦、胎児、新生児専門の麻酔部門を立ち上げてほしい」という話が舞い込み、現職に着任。照井さんは、ここで、20年間にわたり、全国から集まってくる医師たちに最新の産科麻酔学を伝えてきた。

埼玉医科大の総合周産期母子医療センターにある産科麻酔科の医局で(筆者撮影)

照井さんは硬膜外麻酔による「無痛分娩」も重要視してきた。アメリカは硬膜外無痛分娩の希望者が多いので、その麻酔報酬で産科病棟に常駐する麻酔科医たちの給与が賄えていたからだ。とくに日本は帝王切開の麻酔報酬が安く、専従の麻酔科医を確保するのは、大きな病院でも経営上難しい。

照井さんは「日本でも無痛分娩を一定数増やして、麻酔科医が産科病棟に常駐する体制を広めたい」と考えた。ただし、硬膜外麻酔を行えば胎児への血流減少につながりうる母体の血圧低下や、陣痛が弱まるケースは珍しくない。それらは早期に対処して分娩への影響を最小限に抑えなければならない。死亡につながりうる副作用については、防止策を徹底することが不可欠だ。安全性が肝心だと思った照井さんは、まず、『硬膜外無痛分娩 安全に行うために』という医師向けの本を書いた。

無痛分娩を行う医師なら知らない人はいないこの本を開くと、何度も繰り返されている言葉がある。それは「少量分割注入」という6文字である。麻酔薬は、決して、一度に全量を入れてはいけないという意味だ。

「手の感覚に頼るのみ」

照井さんは、模型を用いて麻酔の針が入るべき正しい場所を教えてくれた。

「正しい位置に針が入ったかどうかは、目で確認できません。手の感覚に頼るのみです」

実習模型のカバーをはずし、麻酔針の進む道を説明する照井さん(筆者撮影)

照井さんの説明によると、麻酔科医は、まず皮膚の上から背骨を触って針が入る隙間を見つける。そこから入った針は皮膚、皮下組織を通り、次に背骨と背骨をつなぐ靭帯を3種類通過するが、そこで、針を持つ指に感じていた抵抗感がふっと抜ける。

そこが、目指す「硬膜外腔」だ。正しい硬膜外麻酔無痛分娩は、その真ん前にある硬膜を突くことなく、その一歩手前の空間に麻酔薬を注入し、そこを通っている神経に作用して信号を遮断する。

「この硬膜外腔は本当に狭い空間で奥行きは1センチもないんです。皮膚から硬膜外腔までの深さも人さまざまで、一般的には4~5センチですが私たちの経験では2センチ少々の人から7センチくらいあった人までいました」

次ページ針が硬膜やクモ膜を破いてしまったら?
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT