「無痛分娩」には一体どれだけの危険が伴うのか その産科が麻酔をしっかりとやれるかが焦点だ

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麻酔科専門医、麻酔科標榜医を持つ医師がいなかったら、講習会の受講歴が目安になる。ただ田中さんは、個人的には「産科の先生が無痛分娩を行うなら、麻酔科標榜医を取得してほしい」と考えていた。それは、やはり、呼吸や心臓が止まってしまったときの対応力が大きく変わるからだ。

「無痛分娩の麻酔は、硬膜外麻酔の注射テクニックだけではありません。産後まで続く観察やトラブルシューティングのすべてが麻酔であって、それは麻酔科診療の総合的なトレーニングのうえに成り立っているものです」

田中さんは照井さんのもとを巣立ったのち、いくつもの病院で産科麻酔の部門を立ち上げてきた。産科に精通した麻酔科医がもっと育てば、産科医も助かる。(名古屋市立大学病院で 写真撮影・衣笠梨絵さん)

田中さんも、お産の怖さを感じて産科麻酔の道に入った一人だ。医師として自分の道を探していた頃、NICU(新生児集中治療室)で研修していると、1人の赤ちゃんが搬送されてきて、母親は出産直後に死亡したと聞いて驚いた。父親は多忙で、夜遅く面会に来ては、黙って赤ちゃんを見つめていた。

田中さんはその子を助けて無事に退院させたが、赤ちゃんに帰る家はなかった。退院先は乳児院だった。防げる母体死亡があるなら防ぎたいという思いから、田中さんは、照井さんの門戸をたたいて産科麻酔の道に飛び込んだ。

安全を守るのは自分自身

私は田中さんと別れてから、改めていろいろな無痛分娩施設のホームページを眺めた。情報公開をしていない施設はたくさんあるし、麻酔のリスクについて「まれ」「これまで一例もない」といった言葉を強調する施設もあった。照井さんの「誤操作は必ず起きる」「自信がいちばんこわい」という言葉を何度も思い出した。

妊娠した人が産院選びをする時は、ネットの口コミや食事、利便性などで決める人が多い。「無痛分娩ができる」ことも分娩件数を増やすと最近は言われている。しかし、こうして安全性についての情報公開も始まった。

安全を守るのは、自分自身だ。

河合 蘭 出産ジャーナリスト

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かわい らん / Ran Kawai

出産ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。カメラマンとして活動後、1986年より出産に関する執筆活動を開始。東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院等の非常勤講師も務める。著書に『未妊―「産む」と決められない』(NHK出版)、『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年『出生前診断』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。

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