NECで顔認証一筋20年取り組む男の仕事哲学

世界一を続けられる理由を今岡仁氏に聞く

離れた場所から視線の方向をリアルタイムかつ高精度で検知するNECの「遠隔視線推定技術」にも、顔認証技術が応用されている。

この技術を使えば、例えば店舗で実際には商品を購入しなかった客についても、視線の動きを追うことで興味関心を拾い上げることが可能。商品陳列の改善や商品開発に活かすなど発想は無限に膨らむ。「このようにさまざまな方向に寄り道しだしたのも5年前との大きな違い」という。

とはいえ冒頭でも触れたとおり、今岡さん自身はこの20年、「ひたすら同じことをやり続けてきた」という認識でいる。にもかかわらず社会の顔認証への注目度は右肩上がりに上昇し、オリンピックなどのビッグチャンスが舞い込み、社内での立ち位置も大幅に向上。さらに思っても見なかった方向へ技術の応用性も広がってきた。

「自分としてはその時々で目の前のことに一生懸命向き合ってきただけ。なのに法律が変わり、社会が変わり……。本当に不思議なんです」と笑う。

“興味を持つこと”はエンジニアにも通じること

職人的に何か1つのことに取り組むことを生業とする人からすれば理想的とも言えるストーリー。だが、今岡さんは単に運がよかっただけなのだろうか。確かに運もあったかもしれないが、そこには何か別の要因もあるように思える。

「わりかしなんでも楽しんでやってきたのがよかったのかもしれません。例えば『僕のやっているのは顔認証だから、がんはやりたくない』というナローマインドだったら、こんなチャンスにはつながらなかったはずで。だから、大事なのはまず、いろいろなことに興味を持つこと。これはエンジニアの人たちにも通じるのではないでしょうか。社会とつながって生きている以上、技術と同時に社会に対しても関心を持つことは大事だと思います」

今岡さんがもう1つ強調したのは、目の前のことに一生懸命に向き合う大切さ。当たり前すぎることのようにも聞こえるが、「そこにこそ仕事の本質がある」と今岡さんは言う。

誰かから言われたことを一生懸命考えてこなすと、信頼が得られ、そうするとまたいい話がもらえる。その繰り返しこそが仕事だと思うんです。社会が変わってきたのは偶然、運の部分もあります。オリンピックなんてその最たるものですよね。だけど、一歩一歩人の信頼に応えていく、しかも100%でなく120%で応えようという思いはつねにありました。それがよかったのかな」

その120%がベンチマークテストでのぶっちぎりの精度に表れているのだろう。「顔認証への向き合い方は陸上競技に近いかもしれない」と今岡さんは言う。サッカーやラグビーのように、相手より1点多ければ勝ちという世界ではない。

ひたすら自分自身と向き合い、“コンマ1”の精度を追求していく。世の中に信頼される技術であるために、ひたすらこの道を極めたい。その思いに忠実だったからこそ、今岡さんは時代の先頭に立つことができたし、世界一になった今なお戦い続けているのだろう。

〔取材・文/鈴木陸夫 撮影/川松敬規(編集部)〕

日本電気株式会社(NEC)フェロー 今岡 仁さん/1970年、東京都練馬区生まれ。1997年、大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士課程修了後、日本電気株式会社入社。 脳視覚情報処理、顔認証技術に関する研究開発に従事する。2013年、同社情報・メディアプロセッシング研究所主席研究員に就任。2019年、史上最年少でNECフェローに就任。
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