欧州債務危機と闘ったドラギECB総裁が退任 新機軸を連打、名場面の数々を振り返る

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ECBの歴史に残る総裁であることは間違いありません(写真:ECB)

マイナス金利や国債購入などECBにとって初となる各種の非伝統的政策の地平を切り拓いたのもドラギ体制だった。必ず「次の一手」に対するヒントとなるフレーズを使い、コンセンサスを重視した前任のトリシェ元総裁と比べ、機動性を重視し多数決で局面を打開しようとする攻撃的な一面がドラギ体制の特徴でもあったように思われる。

それだけに今年9月の会合で多くの反対を押し切って量的緩和(QE、厳密には拡大資産購入プログラム<APP>)の再稼働を決定し、政策理事会にかつてないほどの亀裂を与えたまま総裁職を退くことになったことは、「ドラギ体制らしい」最後だったとも言える(筆者参考記事『ECB分裂騒ぎで、ラガルド新総裁は慎重な船出に』)。

今回、1人目の質問者からは「仲違いが明るみに出て(総裁職の最後が)汚された(tarnished)と感じているか」との声も上がった。もちろん、答えは「ノー」であり、あくまで議論の末の意見の相違であって、そのようなことが公になること自体は初めてのことでも特別なことでもないと、ドラギ総裁は整理してみせている。

9月に反対したメンバーからも結束(unity)を求める声をあげる者、「過去は水に流そう(Bygones are bygones)」と語った者もいたという。確かにそれは事実なのかもしれないが、会見の場で総裁が分裂を公言するわけにはいかず、本音では思う所があろう。

ドイツとの軋轢、それでもインフレ期待は実らず

今回の会見ではやはり思い出を語らせようとする質問が目立った。例えば在任中の政策運営について「何を後悔し、何を誇りに思っているか」といった最終回ならではの質問がみられた。「一番悔いに残ること(biggest regret)は何ですか」と問われたドラギ総裁は「私は変えられないことには注力せず、これから成し遂げられることにしか注力しない(I always focus on things that can be done, not things that you can't change)」と一蹴した。

だが、別の記者が、今年5月末に退任したプラートECB理事(チーフエコノミスト)が正常化を成し遂げられなかったことに遺憾の意を表明していたことを引用し、ドラギ総裁も同じ状況にあることをどう思うかと尋ねた時には、やや残念そうな様子も見受けられた。やはり2017年以降で進めてきた正常化プロセスを状況の急変によって再修正せざるをえなかったことは、思い残すことであろう。結局、2011年11月の着任から、2017~18年という一時的な時期を除けば、ドラギ総裁は基本的に危機対応の人のままで、退任を迎えることになった。

また、そのことが緩和策に必要性を感じないドイツとの溝を作り、その溝は8年間で結局埋まることはなく、深く、拡がるばかりだった。振り返れば、ウェーバー元独連銀総裁にシュタルク元ECB理事、そして今月末で退任するラウテンシュレーガーECB理事など、ドラギ体制で導入された緩和策に抗議して途中辞任したとされるドイツ人高官はこの10年で3人もいる。

金融市場では大騒ぎされていないものの、任期8年の役職でこのようなことが起こるのは、やはり異様であり、ドラギ総裁とドイツ人高官の間には常に難しい事情が横たわっていた。今回の会見でも「ようやくドイツ(フランクフルト)を出られるが、辛辣な意見を向けてきたドイツに何か最後に言うことはありますか」との質問が出たくらいだ。

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