欧州債務危機と闘ったドラギECB総裁が退任 新機軸を連打、名場面の数々を振り返る

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退任後の行方にも注目が集まる(写真:ECB)

しかし、ドラギ総裁からすれば「時代が悪かった」のであろう。誰が総裁になろうと、ECBは南欧を中心として緩和を求める「数の力」には勝てなかったはずだ。また、頑張ってそうした無理を通してきたにもかかわらず、ECBが重視してきた市場のインフレ期待が完全に腰折れしてしまったまま退任することは、口に出さないまでも、無念に思うところだろう。

片や、「誇りに思うことを1つ教えてくれませんか」との質問には「特にこれといってはないが、もし1つだけあるとすれば、政策理事会と私自身が常時、責務(mandate)を追求してきたことは誇りに思う。われわれはこのことを集団として本当に、本当に誇りに思っている。決してあきらめないこと(never give up)。これがある意味でわれわれの財産(legacy)の一部だ」と熱っぽく語っている。今回の政策理事会について主要メディアのヘッドラインにも「あきらめるな」が使われていた。最後の記者会見における一番の見どころだったかもしれない。

ちなみに今会合では議論に参加しなかったものの、次期総裁であるラガルド氏が政策理事会に出席していた。彼女への助言はあるかと尋ねる記者もいて、とりわけ(ドラギ総裁のようにならないために)ドイツに配慮すべきだと思うかとの踏み込んだ質問も見られた。これに対しては「必要ない。彼女はやらねばならぬことを完璧に理解している」とここでも言質を与えることはなかった。

「妻に聞いて」、注目が集まる退任後の処遇

ECB総裁退任後について尋ねる質問も複数見られた。前任のトリシェ元ECB総裁が退任時に、「4人の子供がいるので、彼らの面倒を見て、詩でも読みたい」と述べ、ラガルド氏はIMF専務理事を退任する際、「おばあちゃんになる(I will be a grandmother)」と述べたことが引き合いに出された。

ドラギ総裁の実績とタレント性を考えれば、当然、その将来は関心の高いところだ。一時はラガルド氏とのスイッチ人事、つまりラガルドECB総裁なら、ドラギIMF専務理事という観測もあった。今は、イタリア大統領を筆頭に母国での政治的ポストに任用されるという可能性が噂されている。しかし、ドラギ総裁は「分からない。詳しい話は妻に聞いてくれ。妻の方がよく知っているだろう」と答えをはぐらかした。この辺り、常にユーモアを織り交ぜようとする「ドラギらしさ」が最後まで滲み出た会見だった。

機知に富み、市場期待とつねに向き合ってきたドラギ総裁の退任により、開いた穴は小さいものではない。まずはその政策運営の過程で生じた大きな「溝」をラガルド新総裁がどのように埋めて行くのかが注目される。調整能力に定評があるだけにこのタイミングでの登板は最善なのかもしれない。ラガルド氏も、また、冒頭で述べたドラギ総裁やメルケル独首相と同様、IMFのトップとして「欧州危機を乗り切った政策当局者」の1人であり、危機の生き字引である。その意味でドラギ総裁とは同格の人選である。ラガルド体制の見どころは別途、論じたい。

ドラギ総裁はユーロ圏に危機対応の枠組みがまったくない空手(からて)の状態で金融危機や債務危機に直面し、あらゆることをゼロベースで考えねばならなかった。そのような経緯を思うと、会見中に発した「あきらめるな」というフレーズは本当に重いものであると感じた。ラガルド氏へのエールでもあったかもしれない。いずれにせよドラギ総裁に対しては、本当にお疲れさまでした、と言いたい気持ちである

※本記事は筆者の個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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