「恋愛=幸せ」とは違う価値観が愛される理由 マンガ「裸一貫!つづ井さん」が描く幸せ
つづ井さんが自虐で自分を追い詰めてしまったのは、「『彼氏のいない女性』が毎日ただ幸せである、ということを言葉のまま受け止めてくれる人は(体感として)あまりいませんでした」という経験による。しかも、「容姿のことや、ほかの女性との比較、インドアなこと(インドアええやんけ)なども私にとっては楽しくない形でよく話題にあがりました」(本文ママ)と、マウンティングまでされていたようだ。
実は今回、つづ井さんに取材を申し込んだのだが、断られてしまった。熟考し何度も推敲して発表する作品では、自虐から離れた表現ができるが、実生活ではまだ完全に抜け出せていないから適切に話せないかもしれないことが、その理由である。
つまり、無意識に出てしまうほど自虐が習慣化していたのだ。若い独身女性には、それほど強く「彼氏を作る」ことがプレッシャーとして、のしかかる場合があるのである。問題は、多様な幸せを認めない世間の目にあるのではないだろうか。
「負け犬」から「婚活」ブームまで
独身女性があえて独身宣言をした、ということから思い出すのは、エッセイストの酒井順子氏が、2003年10月に『負け犬の遠吠え』を刊行したことだ。2004年になると、世の中は30代以上で結婚しておらず、子どももいない女性を「負け犬」と呼び注目するブームに染まる。メディアがこぞって飛びつき、『AERA』は10数回も負け犬特集を組んだ。
独身女性が脚光を浴びたのは、昭和の後半が皆婚社会だったため、若いうちに結婚して子どもを産むのが当たり前と思われていたからだ。1990年代までは、女性をクリスマスケーキになぞらえ、25歳(25日の例え)までに結婚しなければならない、と決めつけるセクハラな風潮も強かった。
しかし実はその頃から、晩婚化と少子化は始まっていた。女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率が、丙午の年で多くの人が出産を控えた1966年を下回り「1.57ショック」と言われたのは、1989年である。
負け犬ブームの中で、多くの女性が独身をカミングアウトした。酒井氏のエッセイで、観劇しておいしいものを食べるなど、独身生活をポジティブに描いたことも大きいだろう。
2000年代半ばは景気拡大期だったこともあり、そのことを肯定するムードもあった。だから、負け犬というユーモアを含みつつ自虐的なネーミングも、独身女性をそれほど傷つけなかったのだろう。そして、多様な生き方を許容する社会へ脱皮する可能性も生まれていた。
しかし、2008年2月に『「婚活」時代』が刊行。同年9月にリーマン・ショックが起きたことも重なり、生活の安定を求めて婚活ブームが起きた。揺り戻しのように、結婚を急がせる風潮や、独身を恥ずかしいと思わせる風潮が強くなる。その後に東日本大震災が起こったこともあり、社会から余裕が失われていく。
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