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「もう年だから」の一言が「ダメ!絶対」な理由 86歳、料理研究家「棚ぼた人生」の秘訣とは

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当時、俺は70歳。ここから俺の人生は、想像もつかない方向に走り出した。

思わぬところから「棚ぼた」人生はやってくる

こうして俺は料理研究家である義娘の専属アシスタントになった。テレビや雑誌の仕事に同行するようになったある日、裏方で手伝いをしていたら、チラッとテレビに映ってしまった。そこで、「あのじいさんはいったい誰だ?」ということになった。

頭に真っ赤なバンダナを巻いたじいさんが、料理のアシスタントをやっている。しかも義理の父親だという。そんなことが面白がられて、あるときから俺までテレビに出ることになってしまった。

そこから義娘・小林まさみと2人セットでの仕事の依頼が増え、78歳の時についに俺の名前で料理の本を出すことになった。まさに「棚からぼたもち」だ。

よく、「どうして料理研究家になったんですか?」と言われることがある。

過去を振り返れば、俺は離婚も再婚も死別も経験している。30歳の時、親の勧めで見合いした相手と結婚した。でも、1度会っただけで決めた結婚はうまくいかず、数年後に別れることになった。幼い子ども2人は俺が引き取った。今でいう、シングルファーザーだ。それからは料理、洗濯、掃除……何でもやった。

離婚は本当にショックだった。そのうえ、働きながらの子育ては想像以上に大変だった。

結局、子どものためを思って実の母親とよりを戻した。でもそれから妻は病気がちになって入退院を繰り返し、最後は亡くなった。連れ合いを先に亡くすというのは、精神的にすごくしんどいことだった。

ただ、離婚をした後も、妻が入退院を繰り返していた頃も、ずっと家事全般をやっていたのは大きかったと思う。誰かのために料理をつくって、「おいしい」と言ってもらえる喜びも知った。身の回りのことは、一通り自分でやれるようになった。

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【生死をさまよった子ども時代の壮絶な経験とは?】

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