「役に立つ学問」が事前にはわからない根本理由

「モンゴル×超ひも理論×シロアリ」で考える

一方、松浦氏は、納税者への説明責任はあると認めつつ、説明の仕方によっては学問の本質から離れていく難しさがあると指摘する。

「一般の人に、私がやっている研究の面白さを伝えることは大変だけども、やろうと思えばできる。ただ、個別の研究の有用性を切り離せば切り離すほど、学問の本質はかげろうのように遠ざかっていく。ちょうど愛を語るのに似ています。『あなたが好きなんです。なぜなら……』と、説明すればするほど愛から遠ざかりますよね」

ある研究の存在意義や学問的価値を、その研究分野の中から説明するのは不可能だと松浦氏は言う。各分野の重要性は、1つの大きな学問体系の中ではじめて把握できるものだと。

「学知というものに、どれだけ税金を投入するかという問題は、学問をする階層ではなく、その上の階層、つまり国家として、この学問をどう評価するのかというところにある。われわれは涅槃経にある出家した比丘のようなもの。山を下りてきて商売することはできる。だけど、それでいいんですか?ということ」

「学問」と「研究」の違いとは

会場からは、松浦氏が先に述べた「学問の中心」には何があるのかという質問が寄せられた。学者は何を目指して研究しているのか。それを日々、意識しながらやっているのか──。

松浦氏は、「学問」と「研究」は異なるもので、両者を分かつのは、自分がやっていることの意味をメタに見られるかどうかだと言う。

「研究というのはほとんどが作業であり、技術です。それをメタにとらえる視点がなければ、マニアや実学であり、大学でなくてもできる。企業の商品開発なんかもそう。大学で問う学は、中心へ向かう力とは何か、自分がどこへ向かっているのかを意識できているかどうか、その1点にかかっている。それがなければ、学生を教えることもできない」

これに対し、橋本氏は「研究に没頭しているときは、自分がどこに行くかということは意識せずにやっている」と言う。「ただし、その成果である論文をまとめる段階では、学問の方向性や自分の作業の位置付けが見えている」と、やはりメタ視点の重要性を認める。

小長谷氏は、やや違う視点から、こんなふうに答えた。

「学問の中心にあるのは、やはり真理の探究だと思う。知りたい。だけど、まだその答えがない。だから、自分が調べるしかない。そういう単純なもの。まだこの世にない答えを求めていくというのは、どんな分野でも同じだと思っている。松浦先生がおっしゃった研究と学問の違いはよくわかるが、それは企業か大学かというように場所で決まるものではないと思う。自分も、テーマやお金の取りやすさによって使い分けたりもする」

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