「役に立つ学問」が事前にはわからない根本理由 「モンゴル×超ひも理論×シロアリ」で考える

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もう1人、松浦氏はシロアリの進化生態学を専門とするが、「自分はシロアリの研究者とも、生物学者とも、科学者とも思っていない」と言い、自らを「井の中の蛙」に例えて、学問へのスタンスを語った。

松浦健二(まつうら けんじ)/1974年、岡山県生まれ。日本学術振興会特別研究員、ハーバード大学進化生物学分野博士研究員、岡山大学大学院環境学研究科准教授などを経て、現在、京都大学大学院農学研究科教授。博士(農学)。著書に『シロアリ』(岩波書店)、共著に『昆虫生態学』(朝倉書店)、『シロアリの事典』(海青社)など(写真:サントリー文化財団)

「自分は今どこにいて、どこから来て、いかにそこで生きていくか、井戸の中にいながら知る術が科学。すべての研究は、中心にあるその問いに向かっていくものであり、学問に分野はない」。シロアリを研究するのは、それが松浦氏にとって「世界をとらえ、最も美しく見るための磨かれた窓」だからだという。

シロアリの繁殖研究では、女王が自分の遺伝子から分身を作り、70年以上も生き続けることがわかってきた。今では、遺伝子をどのタイミングで、どう発現させるかという「エピジェネティクス」の領域に入っており、ゴキブリからシロアリをつくる"設計図"も描かれている。  

哲学研究が趣味という松浦氏は、こんな言葉で説明する。

「進化を読み解けば、ヘーゲルの弁証法そのものであり、進化の面白さというのは、レヴィ=ストロースの言うブリコラージュ(手持ちの材料や余り物を組み合わせて、新たな機能や価値を生み出すこと)にある」。

そして、これら文系の知は、むしろ理系の科学者にこそ必要なものであるとして、「今、役に立つこと」ばかりが問われる風潮に異を唱える。

「例えば、プリオン(タンパク質から成る感染性因子)の研究なんて、BSEやヤコブ病が出なければ、何のことかよくわからなかった。ヒアリが入ってきたときに対応できたのは、それまで役に立たなかったヒアリの研究をしていた人がいるから。学知とは、有用性の部分だけで存在しているのではなく、全体が1個の体系として生まれ、運動しているもの」

松浦氏は、学問をグラスの水に浮かんだ球体の氷に例える。表面に出ている部分が有用だとすれば、今は役に立たない大半の部分が水面下に隠れている。氷はつねに回転していて、どの部分が表面にくるか、つまり何が有用となるかは、事前に決められるものではない、と。

「役に立つ=お金儲け」だけではない多様な意味

「役に立つという言葉が、今は『お金儲けにつながる』と狭く定義されているが、お笑い芸人やスポーツ選手にそれを求める人はいない。人を楽しませ、幸福にするのが仕事だから。3人の研究の話も聞いているだけで楽しく、その意味で世の中の役に立っていると言える」

大竹氏はそんな感想を述べる一方で、こう問いかけた。

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