34歳「地図の新しい見方」を探求する男の仕事観 幼児期の原体験が「空想地図」につながった

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「2年になるといろいろわかってきました。地理学をやっていると、研究者になるか、学校の先生になるしか、大まかに道はないと気づきました。そもそも学校が好きじゃないのに、このままでは学校を抜け出せない!!『失敗だ!!』と思いました」

考えた末、他の大学に編入しようと思った。編入するにはもちろん編入試験を受けなければならない。

高校時代の受験勉強にはあまり燃えなかったのだが、大学2年の受験勉強にはメラメラとやる気が湧いてきた。

「『みんなで頑張ろう!!』なんていう時、僕は協調性がないのでやる気が湧かないんです。逆に周りからまったく期待がない時に、スイッチが入るんですよ」

編入試験を受けて、無事に埼玉大学の経済学部に編入することが決まった。そしてまちづくりのゼミに入った。

そんな、人とは遅れて受験勉強をした大学時代だったが、受験とは別に独特な趣味も持っていたという。

日本全国の土地勘が欲しかった

「大学時代は1人で日本中を回っていました。面白い場所に行こう、というのではまったくありませんでした。とにかく行ったことがない場所に行くのが目的でした」

青春18きっぷやフェリーなど安い交通機関を使い、日本中の地方都市へ足を運んだ。

「この街で暮らすとどんな生活になるのだろう?」

と考えながら、駅ビル、百貨店、電気屋などを回り、普通の定食屋で飯を食い、住宅地にバスで行って帰ってくる……ということを続けた。テーマパークやお城は手前までは行くが、入場料がかかるところには行かなかった。

厳島神社も手前までは足を運んだが、境内にはついに入らなかった。

「まあそういう観光地は大勢が行ってるし、ガイドブックにも載ってますからね。私は日本全国の土地勘が欲しかっただけですから行く必要はなかったのです。

1日にいくつもの都市を渡り歩くこともありました。その結果、人口が20万人以上の都市はだいたい回りましたね。」

すでにインターネットは普及していた時代だ。全国を旅するならその様子をブログに書けば人気になると思うのだが、さほど頑張って更新はしなかったという。

「承認欲求はあるにはあるんですが、最低限の欲求なんですよね。

『もっと反響が欲しい!!』

『もっと売れたい!!』

みたいのはないんです。ブログも始めてはみたものの、続きませんでした。飽きっぽいんです。現在はツイッターをやっていますが、予想以上にフォロワーが増えてしまったので、自分なりに役目を感じ無理やり振り絞ってつぶやいている感じです」

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