34歳「地図の新しい見方」を探求する男の仕事観

幼児期の原体験が「空想地図」につながった

小学校5年生でクラスに中村くんが転校してきた。彼とは地図について話すことができた。それをきっかけに現在も続く『中村市』の地図を描き始めた。

小学校時代は割と活動的に楽しく過ごしたが、中学校は合わなかった。

「中学校では、中途半端に大人のまねをさせられるのが嫌でしたね。『大人なんだから自分で考えて動け』という割には、本当の意味で自分で考えることは望まれていない。多数派に『YES』と言っていればなんとかなる世界。クソだなと思っていました」

ただここで反旗を翻しても、1人の力はたかが知れている。目立っても仕方がない。

ならば学校に通うのをやめようかと思ったが、それは実行しなかった。

「クラスに不登校の子はいました。最初の頃はいたのに、いつの間にか学校に来なくなる子どもです。僕から見ると彼は目立って見えました。どうにも目立つのは嫌だなあと思いました。それに不登校をした結果、再び中学校に通わされてしまう状況になるのは最悪でした」

中学生が求められるのは『椅子に座っていることだけ』だと割り切って考えるようにした。3年我慢して座っていたら、必ず卒業できるというのを希望に日々をやり過ごした。

みんなが1つずつ下げるなら、いちばん上は『空く』

「成績は平均すると5段階評価で4くらいでした。いいほうだけど、とりわけよくもない……という感じですね。

高校入試は都市部の公立高校の自由な校風の学校を狙いたかったです。でもそういう学校はレベルが高いんですよね」

当時は都立高校改革の時期だった。みんな制度の変更にビビリ気味で、志望校のランクを1つ下げて受験する人が多かった。

「みんなが1つずつ下げて受験するなら、その学区でいちばん上の学校は『空く』と思ったんです。それでいちばん上の学校を受験することにしました」

しっかりと受験勉強を始めたのは結局2月に入ってからだった。そこから一気に詰め込んで、2月末に受験をした。めでたく志望校に行くことができた。

「受かったのは嬉しかったですが、トップの高校ですから行ってからが大変でした。成績はどう頑張っても40人中30番台でした。ただ高校に入って話が通じる人ができて、楽になりました。学校新聞を作る新聞委員会の長もやったりしました」

中学時代には盛んに地図制作をしたが、高校時代は積極的に学内活動をしたので多少地図制作はペースダウンした。しかし、それでも描き続けていた。

「大学入試では、明治、駒沢、日大に落ちて専修大学に受かりました。同学年の半分くらいは浪人してよりよい大学を狙う高校だったですし、親も『浪人してもいいんだよ』と言ってくれてはいたのですが、無駄な1年は過ごしたくないので進学しました」

大学では地理学を学んだ。

大学1年では、韓国に1カ月間、語学留学に行ったり、いわゆるベンチャービジネスコンテストに出場したりもした。

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